5話 供花の館

12.行方不明者の行方


 なだれ込むようにして、部屋へ入る。すぐにドアを閉めた十束が、睨み付けるようにドアを見ていた。

「何だか、この部屋、少し臭わないか? というか、何か腐っている臭いが……明かりを部屋の奥へ向けてみてくれ」

 鵜久森が鼻を摘みながらそう言った。彼女の言葉に従い、ミソギがスマホのライトを部屋の奥へ向ける。

「――ひっ!?」
「どうした!?」

 部屋の奥。入ってすぐには気付かなかったが、床と同化するように何かが積み上げられているのが分かる。まるでゴミのように無造作に積み上げられたそれらは、しかしゴミなどではなかった。

 ――人。人、人人、人人人人。

 20名弱程の人間がバランスタワーよろしく積み上げられていたのだ。死後硬直していると思われる四肢には、力こそ抜けているように見えるが変な形で固まってしまっている。

「ひぃぃいいいいいい!? ななな、何で!? 何で人があああ!?」
「ヤバイヤバイヤバイって! コレ、俺等もボンヤリしてたらここに並ぶ事になるんじゃ……!!」

 南雲と思わず騒いだら、トキからうるさいと一蹴された。
 もう動く気にもなれず、その場にへたり込む。それを見ていた鵜久森が不意に呟いた。

「――プレートを提げている遺体があるな。もしかして、三怪異に巻き込まれて行方不明になっている同僚達か?」

 誰の向けた光だろうか。それが反射して、輝く白いプレート。間違い無く機関員が着けている二枚組のそれだ。
 なるほどな、と引き攣った顔で、しかし納得したように組合長は頷く。

「怪異によって行方不明にさせられた連中は、ここに集められてた――『キョウカさん』の使う素材としてな」
「それならば、『豚男』が怪異とは関係の無い撲殺するだけの存在であるチャラチャラした山背の遺体が消えた理由も説明出来ますね」

 トキが言っているのは、最初期、『豚男』と対峙したらしい白札の山背の事だろう。一度遺体が上がったにも関わらず、その場から忽然と消えたと噂の。
 八代京香が残したと思わしき日記の切れ端にも、再三『素材』という言葉は出て来ていた。ついでに『豚男』は片っ端から連れて来る事が可能な人間を連れて来ていたようなので、この光景にも説明が付く。

 少し良いだろうか、と十束が遠慮がちに声を上げる。

「あまりにも気配がしなかったので、廊下を見てみたが『キョウカさん』はいなかった。この部屋からは、出た方がよく無いか?」
「一度、地上に戻るか。ついさっき、『キョウカさん』は部屋の中にいきなり出現した。あの部屋は入っただけで奴に気付かれる恐れがある。作戦を立て直すぞ。さっきの狂人の部屋には、絶対にもう一度行かなきゃならねえ」

 ***

「何か、やっぱり地上の空気の方が新鮮なんだなって」

 地下から帰還したミソギはポツリとそう溢した。地下は酷い閉塞感があったが、地上へ出てしまえばそんな空気は僅かとはいえ薄らいだ。
 そんな現実逃避を終えたミソギは、床に座り込む。見れば、他の面々も流石に疲れが出たのがぐったりと座り込んでいた。

 皆が疲れてはいるが、そこは組合長・相楽。個性的な面々をその手腕だけで統率しているだけある。全員がいる事を確認した上で、直ぐさま本題に入った。

「よし、少数精鋭で行くぞ。あの部屋は思っていた以上にゴチャゴチャしていなかった。3人もいればいいだろ」
「誰が行くのか、もう決めているのですか?」
「おう、決めてるよ。俺とミソギとトキだ」
「ファッ!?」

 悲鳴と肺の空気が一変に抜けたような、奇声が漏れた。悪いな、と相楽は悪びれもせず肩を竦める。

「ぶっちゃけ、あの部屋入ったら確実に『キョウカさん』が出て来ると思うんだよな。あの部屋、ミコちゃんがゴールだ、つってただろ? だから、『キョウカさん』と戦える編成で行く。ミソギの絶叫が通じなかったら詰みだが、そん時にゃおっさんも一緒に死ぬ!」
「つ、通じませんでしたよ! 私の叫び声!! もっとマシな作戦を考えましょう!?」
「いや、それでいいと私は考えます」

 さらり、と言ってのけたのはおっさんの心中に巻き込まれそうなトキだ。腕を組んだ彼は座るでもなく、壁に背を預けている。

「ミソギは一度、『キョウカさん』に捕まった時にその腕を振り解いています。奴にダメージこそ与えられずとも、怯ませ、動きを止める事は可能でしょう。巫女の言う通り、あの部屋が最終目的地であるのならば、そこで全て決着するはず。相楽さんが滞りなく探索を終えてくれさえすれば、『キョウカさん』をどうにかする方法が見つかるでしょう」
「待て! なら俺も同行する!」

 声を荒げたのは十束だ。

「『キョウカさん』とやり合うのであれば、3人――いや、探索の相楽さんを抜いて2人では力不足だ!」
「いや、この人数で行く。ぶっちゃけ、俺とミソギだけでも良いと思ってた。けどな、人間ってどうしようもないくらい恐怖に駆られちまってる時は叫ぶ事もできないもんなんだよ。だから、トキを連れて行く事にした。まあ、嫌がられたらお前に声を掛けたかもしれんが……」

 ミソギはそんな相楽の意見に反論した。というか、普通にあの部屋へ二度と行きたくないし、『キョウカさん』とのエンカウントが宿命づけられた実働部隊になどいたくはない。

「無理ですって! 見て下さいよ、私の生まれたての子鹿みたいに震えてる脚!」
「生まれたての子鹿なら時間と共に軽やかに走る事ができるようになるな」
「死にかけのご老人の脚です!」
「不謹慎だから止めろ!」

 ミソギ、と普段からは想像も出来ない穏やかな声でトキから呼ばれた。内心怯えつつ、返事をする。

「無事に帰れたらお前が行きたいと言っていた、駅前スイーツのバイキングに連れて行ってやる。やる気を出せ」
「それフラグじゃん! 清々しいくらいの死亡フラグじゃんもおおお!!」
「なっ……!? そんな物騒なものを建てた覚えは無い!!」

 しかし、心のどこかでは分かっていた。かなり限定的な状態とはいえ、絶叫しているその瞬間だけは自分は誰よりも高い霊力値をたたき出せてしまう。そうなると、最終手段として一番危ない場所に投入されるのは自明の理。
 腹を括ったというより、諦めに近い、半ば自棄の境地でミソギは「行きます……」、とそう言った。言わざるを得なかった。

「でも、入院すること無く帰れたらバイキングには行く……」
「おーう、何でも良いから頑張ってくれよ。ホント」