01.同期トリオ
仲間達と感動の再会を終えたミソギは、それまで現実逃避していた現実とようやく向き合った。
目の前にはおどろおどろしい、如何にもと言った体の館が鎮座している。滲み出す暗い雰囲気と、年季が入って不気味な模様にも見える木造の館だ。特に悪い天気ではなかったはずなのに、気付けば空はどんよりと雨雲が立ちこめていた。
「え、コレ本当に入るんですか」
「おう、入るよ。ミソギちゃんは本当に怖がりだよなあ……」
先頭切って今まさに館へお邪魔しようとしていた相楽が振り返り、呆れたような声でそう言った。しかし、ここで憤慨したのはミソギ自身ではなく、トキの舎弟とよく勘違いされる後輩の南雲である。
「相楽さん! それは失礼っすよ! 怖がりなのはミソギ先輩だけじゃなくて、俺もです!! 見て下さいよこの頼りない、生まれたての山羊みたいに震えている両脚を!」
「わあっ、凄い! 鶏冠みたいなのを頭にくっつけた、子山羊みたいなワンコ! 完全に化け物ですねっ!」
「ミコちゃんさっきから俺に厳しくない!?」
落ち着け、と鵜久森が両者を窘める。
「怖がり過ぎだぞ、お前達。あまり昼間から騒ぐとご近所さんに迷惑だ。静かに」
「ええ? 姐さん、近所なんてどこにあるんですか? ちょ、まさか姐さんにだけ変なもの視えてませんよね? ね?」
鵜久森の落ち着け発言が逆にミソギの恐怖を煽ったところで、トキが唐突に怒りを噴火させる。彼の沸点は低いが、それ故に冷めるのも早い。
「おい、いい加減にしろ! 何を怯える事がある! ただの館だろう、こんなもの!」
「どうしてお前が怒るんだ!? どうどう、落ち着けトキ! あと流石に館の前でこんなものと発言するのは失礼だぞ。かつてはきっと綺麗な館だっただろうに」
あのさ、と相楽が困惑気味にこちらを見ている。
「若い子達って見境無く喋り倒すけどさあ、中、入って良いかい? え? 館を探索しようと思ってたのはおじさんだけだったっけ?」
顔を見合わせた一同は、相楽の後に続いて大人しく館の中へ入る事に相成った。流石に騒ぎすぎだし、要らん体力を消費した感じが凄い。
館をざっくり2つに分けるとしたら、1階と2階の探索に別れた方が無難だろう。木造、『供花の館』は普通の家に比べればかなり広いが、何組にも分かれて探索する程の広さは無い。
それは相楽も考えていた事だったのか、メンバーを見やり、ぽつりと指示を溢した。
「1階と2階に別れるか。取り敢えず、おじさんと違う組になったら『供花の館』と『キョウカさん』について分かるようなものを物色して来い。持って来てくれれば、俺も考察する。持ち出しが無理そうならスマホで写メれば良いだろ」
「ああ、了解しました!」
「良い返事だ。さーて、どう分けようかな。3対4になるかな。おっさんは無力だから、俺は数に入れないって事で、えー……」
行くぞ、とトキが背を向けて階段に足を掛けた。2階を探索するつもりなのだろう。その言葉にいの一番に反応したのはミソギと南雲だった。
「ヒッ!? 待ってトキ」
「わあああ! 俺も俺も! 置いて行かないで!」
「はいはいはい、ちょっと待ちなお前等!」
ぞろぞろと勝手にメンバーが別れようとした寸でで相楽が慌てたように制止の声を掛ける。トキが階段の3段目くらいで足を止めたので、必然的に全員の足が止まる事となった。鵜久森がこちらを見て神妙そうに頷く。
「そうですね。私もこの面子はマズイと思います」
「だろ? 怯えてる2人を固めたくねぇわ。南雲、チェンジ。えーと、替えるとしたら誰が――」
「俺が行きますよ! 南雲、お前の代わりにはなれないだろうが、任せておいてくれ!」
素早くそう言って輪に加わったのは十束だ。相変わらず快活な笑みを浮かべているが、低く呻るトキを見て一瞬だけ恐怖が失せ、代わりに胃痛に苦しめられる。
ええ、と南雲が絶望的な声を上げた。
「何それズリィ! おまっ、マジでふざけんなって!」
「探索を終えたらまた会えるさ、そう噛み付かないでくれ!」
ぐったりした相楽はうんうん、と投げやり気味に頷いている。もう考えるのが嫌になったのは明白だ。
「ああもういいわ、悩んでたおっさんが馬鹿みたい。好きにしろってんだよもう……」
「ええっ!? じゃあ俺も先輩達に着かせてくださいよ!」
「それは無理だわ……。ミソギとお前を組ませたら、半狂乱になって探索所じゃ無さそうだもん。おら、始めるぞ。迅速に探索を終えて、長居はしない方向で行くんだからな!」
半ば無理矢理、鵜久森に襟首を掴まれた南雲がフェードアウトしていく。向こうにはミコも相楽もいる事だし、大きなトラブルには発展しないだろう。恐らく。
問題は――
ミソギはチラと偶然にも揃った同期達の様子を伺う。折角『質問おばさん』の時には面倒事を回避したというのに、ここに来てトラブルの温床達と鉢合わせてしまった。今週はどうあっても厄介事を背負い込まなければならない週らしい。
案の定、最初から喧嘩腰だったトキが早々に十束へと食って掛かる。その剣幕たるや、不機嫌な日の彼そのものだ。
「貴様ァ……。そうやって場を掻き回すのが趣味か? それとも、私への嫌がらせか何かか!? 答えろッ!!」
「いやそんなに深い意味は無いぞ? ただ、相楽さんがいない2階の探索なら、気心知れた相手と組んだ方が良いかと思っただけで」
「気心? おい、寝言は寝て言えよ。気心の意味を! 今すぐ辞書で調べてみろ、鳥頭めッ!!」
――いや、むしろこの面子は正解だったのかもしれない。あまりにも面倒な出来事が目の前に転がってると、恐怖がどうとか以前に、何だか感情が薄れてくるし。無駄絶叫しなくていいかもしれない。そうだ、プラスに考えろ。私。
そうポジティブに考えてみたが、しかし割り切れない感情が溜息となって漏れ出ていった。