5話 供花の館

02.書斎


「いい加減出発しない? 喧嘩は止めて」
「おい、いつ私が喧嘩などした」
「今、かな……」

 うんざりしたように言えば、その気持ちが伝わったのか一先ず言い争いは終結した。本来、こういう場を上手く取り持ってくれるのは雨宮だった。彼女は自分より2つばかり歳が上で、そしてトキ達から見れば1つだけ歳上のお姉さんだったのだ。

 恐らく、こうやって自分が適当に喧嘩を諫めるから彼等の軋轢は深く深くなっていくのだと思う。
 うんざりしたような、飽きたような、自分の態度のせいでトキが無意識的に苛ついた結果、特に何かした訳では無いがイラッとする態度の十束に当たる。負の循環。

 南雲のすっきりとした性格は好きだ。あんな尖った外見をしているのに、この面子においては波風を立てずに振る舞ってくれる。せめて4人で組めていたのならば、もう少しスムーズに事が運んだに違い無いのに。

「ミソギ? どうかしたのか?」
「や、人は何故啀み合うのか。どうして世界から戦争は無くならないのか。核兵器廃絶問題はどこに向かうのかについて考えてた」
「重い! わ、悪かったよ、言い争って。さあ、トキ、探索を始めよう! ……仲良くな」
「チッ……」

 ――ダメそう……。
 今からでも遅くないから、1階の南雲と交代しようかとも思ったが、相楽達のグループは影も形も見当たらない。こちらとは違い、真面目に探索活動を行っているのだろう。

 ようやく2階に辿り着いた。床板は体重を掛ける度に不気味な音を奏でている。早くも、失っていた恐怖という感情を蘇生させたミソギは途端に脆くなった膝を無理矢理動かしながら、トキの背中を追う。

 ずらりと並んだドアを見て、十束が提案した。

「片っ端から開けて行くか。一応、全部屋確認した方が良いだろうな」
「チッ、面倒な……」

 トキが近くにあったドアノブを引っ掴み、躊躇い無く開け放つ。前々から思っていたが、彼のメンタルはどうなっているのだろうか。恐怖という感情が死に絶えているとしか思えない。

「手掛かりってどんな物の事だろうね。……やっぱり、怪異の落とし物と関係のある物かな」
「うーん、どうだろうな。ただ、ここ『供花の館』は厳密に言えば異界。ある物全てには、何かしら意味があると思うぞ」
「ああ、そうだったね……。足が震えるわ、ホント」

 1つ目の部屋には何も無かった。簡易ベッドと机があるだけ。床には廃材が転がっていたが、軽く見た感じは空き部屋と言って差し支え無いだろう。
 続いて二部屋目。相変わらず躊躇無く、トキがドアを開け放つ。
 ――1つ目の部屋と全く同じ物が配置されていた。ドアを開けた本人であるトキが顔をしかめる。

「何だ? 客間か何かか? 民宿でもやっていたのかもしれないな」
「何も無さそうだね。次行ってみようか」

 結果的に言えば、4つ目の部屋まで全て同じような部屋だった。これだけ広い館だし、民宿でも営んでいたのかもしれない。
 何も起きない事に安堵しつつ、トキが最後の部屋を開けるのをぼんやりと見つめる。
 お、と部屋を覗き込んだ十束が声を漏らした。

「やっと調べ甲斐のある部屋が来たな! ミソギ、離れた所に立っていないで、探索を手伝ってくれ!」
「わ、分かってるよ! でも一応聞いておくね? 変な部屋とかじゃないよね? 死体の山があるとか、地縛霊の巣窟とか、得体の知れない化け物がいるとか」
「いない。さっさと来い、ただの書斎だ」
「ははっ、ミソギは想像力が逞しいな!」

 2人共、部屋へ入って行こうとしたので慌ててその背を追う。変な部屋にも入りたくないが、廊下で1人待つのも嫌だ。怖がりの心理状況とはとても面倒臭いのである。

 トキがそう言った通り、少しだけ他の部屋より大きな間取りのそれは書斎だった。並ぶ本棚、ぎっしりと詰められた何かの資料と思わしき本の数々。机の上には多数の資料が放置されており、他の部屋と比べて生活感があった。実際に使われている部屋のような、生々しさが。

「と、十束。書斎の写メ撮っておいた方が良く無い?」
「確かにそうだな! そういう細かい事に気付くお前の性分にはいつも助かっているぞ! 頼んだ!」
「十束は細かい事には気付かないけどね」
「な、何か棘のある言葉だったな」

 部屋の写真を撮って欲しかったのだが、あっさりと回避されてしまった。こんなあるのか無いのかも分からない館の写真を、一時的にとはいえスマホのフォルダに入れたくない。というか、写メを撮った瞬間から変な物とか写っていたらどうすればいいんだ。

 苦い気分のまま、スマホのカメラを起動する。見れば、トキは本棚を漁り、十束は机の上を漁っていた。微妙に連携が取れている事に感動すら覚える。
 一瞬だけ得た感動を原動力に、書斎が全体的に写るようボタンを押す。ピコン、という間抜けな音はしかし、書斎の中に響き渡らなかった。音が吸収されたような怪奇現象に背筋が凍る。気のせいだろうか、いや、きっと気のせいだ。考えちゃだめ。

「くっ……」
「おい、ミソギ。何をやっている?」
「いや、写メを撮ったはいいけど、画面を見る度胸が無い」
「そうか。早く改めろ。お前の心理状況に付き合っている暇は無いぞ」