3話 質問おばさん

04.緩衝材だよ南雲くん!


「まあとにかくだな、ミソギ。お前にはルームIDを送っておく。三怪異の方では無く、『質問おばさん』のルームだ」
「はいはい、了解」

 トキより滑らかにスマホを操作した十束が素早くIDを送りつけて来る。ルームに入って、ショートカット登録しようとしたところ、十束のメッセージが流れて来た。

『赤札:協力してくれる他の赤札もここに書き込みをする事になった! 基本的な事は俺が教えたから、何か訊いてきたら教えてやってくれ!』

 この吹き出しは自分宛ではなく、ルームに駐屯している白札へ向けてのものだろう。案の定、物腰の穏やかな十束の文にはすぐに了承の返事が書き込まれている。心配する文やら何やらが流れてくるので、このルームは長い事使っているようだ。

「おい、十束。貴様、算段があると言っていただろう。早くそれを話せ」

 トキの催促に、十束が苦笑する。

「ああ、それなんだがな、まずは俺の予想について聞いてくれ」
「予想?」
「俺はすでに『質問おばさん』の被害に3日連続で遭っているが、少し考えた事があるんだ。どうやら、例の怪異はルール持ち怪異じゃないかと」

 ――ルール持ち怪異。
 一定のルールに則った動きしかしない代わりに、そのルールを満たしてしまえば赤札だろうが青札だろうが関係無く即死させられるような怪異の事だ。霊力値、霊感値共に意味を成さないので力押しが本領である赤札との相性は頗る悪い。

 面倒な上、絶妙に怖い。すでにゲンナリした気持ちのミソギは、こっそりと溜息を吐いた。怪異が取り憑きタイプなので逃げ場が無い事も精神的な負担になっている。

「で、だ。俺はこうも考える。恐らく、『質問おばさん』が力を発揮するのは、『ドアを開けられてから』だ。質問に答えず、黙っているだけならば眠れない程度の被害しか無い。奴は0時にしか来ないからな」
「どうしてそう考えた? 私は、質問に答える事で条件を満たすと思ったのだけれど」

 鵜久森の尤もな問いに対し、やけに自信たっぷりに十束は答えた。

「返事をしてしまって怪異が部屋に乗り込んで来るのならば、敢えてドアを開ける必要は無い。そのままドアなぞ通り抜けて室内に出現すれば良いからな。怪異にとって、ドアを開ける行為はマイナスでしかないぞ。何せ、そこが密室でなくなっただけで、怪異の犯行から人間の犯行にすり替えられてしまい、箔が付かなくなるからな!」

 世の中に怪異の被害が氾濫した事で、怪異が起こすそれは『特別な事』ではなくなってしまった。彼等彼女等が知名度を得る為には、人には成し得ないような方法で生者を害する他無い。
 それ即ち、人が起こした事件だと勘違いされるのは、怪異にとっては何の利益も生み出さないという事だ。

「なるほどな。だから、怪異の『ドアを開ける』という行為に意味があると考えたのか。確かにそう言われてみればそうかもしれない」

 そこでだ、と十束は人差し指を立てた。隈は濃いが、テンションはいつも通り。なかなかにタフな奴である。

「今、作戦を2つ考えている。1つは0時に怪異が出現したと同時、こちらからドアを開けて迎撃する。もう1つ、前の作戦が失敗したのなら質問に答えた上で、自分からドアを開ける。この2つだ!」
「うーん、道理には適ってるね。どっちも失敗したら怖いけど」
「心配するな、ミソギ! コミヤが襲われた時、俺だけは無事だった。あの怪異は狙いを着けた一人しか一晩に襲う事が出来ないんだ。2つとも失敗して、俺がいなくなったら後は頼むぞ」
「ああ、そう……。そういう事をさ、今言わないで欲しかったかな」
「お前は本当に怖がりだな!」

 ――いや違う、そういう意味ではない。
 いまいち伝わっていないというか、この気持ちをどう形容すれば良いだろうか。「俺は死んでもお前は無事だから気負う事は無いぞ」、と言われている訳だ。言い知れない、哀しさと怒りと、切なさが綯い交ぜになったような感情が生成される。

「――すまない十束。私は2日目があれば、そっちに参加させて貰う。私もさっきまで『不幸女』に憑かれていたからな。ちょっとだけ休ませてくれ。それに、お前の家でやるんだろう? 大人数で行っても、邪魔だしね」
「えっ!? うぐ姐さん来ないんですか!? じゃあ、私も2日目組で!! 叫び疲れたし!!」

 このままでは男ばかりの部屋に放り込まれる。何より、1日に大きな怪異2つとやり合うなど冗談ではない。
 そんな気持ちが伝わったのか、必死さが全面に出過ぎていたのか。十束はあっさり「分かった」、とそう答えた。

「じゃあ、初日は俺とトキで行こう。何、トキにドアを開けて貰えさえすれば、先制攻撃で仕留められる……はずだ!」
「何が楽しくて貴様と夜中にやって来る怪異を待ち構えなければならないんだ。余計な事を言ってみろ、十束。明日の朝日を拝めなくしてやる」
「ははは! まあ、そうカッカするな! 健康にも良くないぞ!」

 ――駄目だ、これは喧嘩する、絶対に。
 やむを得ないだろう。ミソギはスマホを取り出すと、登録名から『南雲』を捜し出し、間髪入れず電話を掛けた。
 何かあったら呼べと南雲本人も言っていたし、この二人の緩衝材として仕事に同行して貰おう。トキがいると言ったら喜んで引き受けてくれるはずだ。

「あ、もしもし南雲? ちょっと今晩手とか空いてない?」
『わー! 何すか何すか!? スーパーな俺の力が必要って事ですか!?』
「うんうん、実はそうなんだよ。私が、っていうかトキが。すぐ支部に来てくれる?」
『オーケー、了解っす! あ、でもバスの時間あるんで。30分くらい掛かりまーす。じゃ、待ってて下さいね!』

 ――よし、これでいいだろう。2人きりにするより、南雲がいてくれた方がマシであるはずだ。
 電話口でのテンションとは裏腹に、粛々と通話を終えたミソギは、集まる視線達に向かって宣言した。

「あ、南雲呼んだから。男3人で大人しく仕事してきてね。それじゃあ、私と鵜久森さんは家に帰って休むよ。お疲れ様でしたー」
「おいちょっと待て!」

 トキが何か言っていたが、最早全力疾走でその場から退避した。