05.雨の日ドライブ
鵜久森の苛立ちを尻目に、涼しげな顔をしたトキがスマホを返して来る。
「おい、何か通知が入ったぞ」
「ええ? 誰だろ……」
相楽から教えて貰ったルームの通知だ。赤札の誰かからのメッセージ。それを開いてみれば、明らかに『不幸女』を今まさに討伐しようとしている自分達へのメッセージだった。
『赤札:そっちは大丈夫か? こちらは夜まで待機するつもりだから、手を貸すぞ』
名前は伏せられているので分からないが、酷く既視感のある言い回しだ。こう、誰も彼もが忙しい中、少しだけ達観している物の見方といい、ほぼ特定出来たようなものだろう。しかし、ルームは個人メッセージをやり取りする場ではない。
あくまで他人を装った文を打つ。それに、予想が正しければこの赤札は自分達の一行に混ざらない方が良い事だろう。
『赤札:こちらは3人赤札がいますので、大丈夫です』
『赤札:そうか。じゃあ、そちらも宜しく頼んだぞ! 『質問おばさん』の件は目下、相楽さんと話し合い中だ!』
「ミソギ。何か急ぎの用事が回って来たか?」
アプリの通知くらい自分で見ろと言いたかったが、彼がスマホを弄るのが苦手な事は周知の事実。それに、ミソギ自身が恐怖で固まってしまった時は流石に代わりに文字を打ってくれはするし、諸々の事情を鑑みた上で素直に問いに応じる事にした。
「ううん、何でも無い。ちょっとした世間話みたいなやつ」
「そんなものは個人でやり取りしろ。公共の場を使うな」
「うんうん、吃驚する程頭が堅いよね、トキは」
不意に、鵜久森が運転する車が細い道へと入って行った。公道を走っていたはずなのに、どうしたのかと彼女を見やる。意識はしっかりしているし、自分の意思で道を逸れた事が伺えた。
「雨が降ってきたな。そろそろ『不幸女』が出て来るかもしれない」
「あ、なるほど。前に異界に行って帰った時は、横断歩道の真ん中に突っ立ってた、って言ってましたもんね」
「ああ。また人通りの多い所に放り出されては堪らない。ところで、ちょっと考えてる作戦があるのだけど、今説明していい?」
決めるまでもないだろう、とトキが顔をしかめている。彼は持参している模擬刀の存在を主張するように、座席に転がしているそれを撫でた。
「私が『不幸女』にトドメを。貴様は車の運転だ。言っておくが、ミソギに運転を任せようと言うのなら自殺行為だぞ。私は止めたからな」
「し、失礼な! 私だってアクセルベタ踏みくらいなら出来るよ!!」
「思考回路が完全に轢き逃げ犯のそれで私は戦慄している。お前の車に乗るより、『不幸女』に直接手を下す役目を担った方がまだ生存の確率が望めそうだな」
「言い過ぎィ!」
落ち着け、と鵜久森に窘められた。あれ、これではまるで自分が煩く駄々を捏ねているようではないか。酷く釈然としない気分だ。
「運転は私がしよう。というか、私が役立つのはこの役目だけだ。トキもその配置で構わない。ミソギは助手席にいてくれ」
「ええっ!? 100パーセント事故るっていうか、怪異とは言え事故を起こそうとしてる車の助手席に!? 姐さんが運転失敗したら、私が一番に死にませんか、それ!」
「いや、まあ、そうだけれど……。命の危険が迫ると、途端正直なるな。ミソギ。言うまでも無い事だが、『不幸女』が手をこまねいて轢かれるのを待っているはずがない。何かしら不幸を嗾けて来るはずだ」
言われてみればそうだ。ただ単に車で撥ねて、トキがトドメを刺す。それだけではないはず、というか円滑に進む方が稀と言えるだろう。
――けど、私に不幸をどうこうする力は無いんじゃないだろうか。
不安が鵜久森に伝わったのか、彼女は薄い笑みを浮かべた。少しだけ笑い方が相楽に似ている、見る者を安心させるような笑み。
「大丈夫、ミソギは霊符を握りしめて絶叫してくれればいい。お前の瞬間的な霊力値は私よりずっと上だ」
「それ、何の解決にもなってなくないですか?」
「けれど、やらなければ取り殺されるだけだ。何もしないより、何かした方が建設的じゃないか?」
「確かに、そうですね……というか、雨、酷くないですか?」
先程までポツポツと降っていた雨は、気付けば凄まじい勢いで車のフロントガラスを叩いている。一寸先も見えない程の豪雨。これが今流行のゲリラ豪雨というやつか。
――ぞくりと頬を撫で、背筋を伝っていくような、悪寒。
思わず冷房に目をやるが、今日は涼しい事もあって冷風は吐き出されていなかった。顔をしかめた鵜久森が車の速度を落とす。前が見えないし、道幅も狭いからだろうか。
「来たな。外に出ているぞ」
「トキ、『不幸女』には接触するな!」
鵜久森大先輩のお言葉に「分かっている」、とぶっきらぼうに答えたトキが、模擬刀を引っ掴んで車外へ出て行く。当然、傘も無し。
不意に雨脚が弱まった。
不明瞭だった視界が開けていく。バイパーが一度、二度と目の前を往復して、ようやくそれの存在を認識した。
黒いドレスじみた服に、黒いベール。表情は伺えないが、射貫くようなじっとりとした支線が纏わり付くようだ。それはお行儀良く立ち、じーっとこちらを伺っている。
「『不幸女』……!」
「来たな。さあ、リベンジだ! 今度は私が勝つ!」
鵜久森がぐっと力強くハンドルを握った。