04.鵜久森の決意
「そうだ、『キョウカさん』も含めた情報はこっちに書き込んでくれや。統合ルームを作っておいた。で、鵜久森。これは機関から借り受けた車の鍵だ。車はスクラップにして構わんが、中身であるお前達は無事に帰って来いよ」
アプリを操作していた相楽がそう言うと、ルームIDを送りつけてきた。アプリ通知をオンにしておく。『三怪異情報部屋』、というルーム名だ。車のキーを受け取った鵜久森もまた、そのルームをショートカット登録しているようで、涼しげな目がスマホの画面を捉えていた。
「じゃあ、俺は十束を助けに行って来る。あいつ大丈夫とは言うけど、ぶっちゃけ全然大丈夫じゃない奴なんだよなあ」
「まあ、十束はそういう所ありますよね」
「そう思ってんならよ、ミソギちゃん。同期のよしみでちゃんと面倒見ててやってくれや」
相楽の言葉に返事をする事は出来なかった。自分と十束と――そして、トキには浅くはない確執がある。無責任に皆で協力して手を取り合うという約束を交わす事は出来ない。
ミソギの態度に苦笑を寄越した相楽は退室すべくソファから立ち上がる。
「色々あるのは知ってるけどな。同期は一生同期だぞ。ずっと、もう変える事は出来ないし無かった事にも出来ない。大事にしろよ、取り返しが付かないものなんてそのくらいしか無いんだから」
今度こそ相楽はひらりと手を振ってドアに手を掛ける――
しかし、そのドアは彼が力を込める前に、勝手に開かれた。
「うおっ!?」
「ドアの前で何をしているのですか。邪魔です」
「す、すまん……」
相楽が呼んだと豪語していたトキが現れたのだ。眉間に皺を寄せ、邪魔な所に茫然と突っ立っている組合長に対して隠しもしないストレートな言葉を剛速球で投げつける。遠慮という言葉など、彼の辞書には恐らく無いのだろう。
相楽と入れ違いでやって来たトキは当然のようにソファに深く座り込み、鵜久森という先輩を前にしているとは思えない尊大な態度で足を組んだ。
「――で? 私は何故ここに呼ばれた」
「あ、ノー説明な感じ?」
「その南雲のような頭が悪そうな言い方は止めろ。組合長に呼ばれただけで、事の概要は一切説明されていない!」
どことなく不機嫌な理由が分かった。いきなり呼び付けられたからだ。よくもまあ、この短期魔人の機嫌をここまで落として連れて来たものだ。これは組合長からの新手の嫌がらせかもしれない。
腕を組んでいた鵜久森が憂鬱そうな溜息を吐き出すのが、かなりクリアに聞こえた。彼女は先程、相楽に貰った車のキーを手に取るとソファから腰を浮かす。
「時間が惜しい。どのみち、雨が降るまではどうしようもないだろうし、ドライブでもしながら説明する。行くぞ」
「チッ……」
「先輩を前に舌打ちをするな! 何だってお前はいつも不機嫌そうなんだ……!」
「煩い、いちいち喚くな。私の機嫌など、貴様には関係の無い事だ」
「あああもう! どうして相楽さんはコイツを呼んだんだ……!」
「その件については男手が必要だと言っていた」
ピリピリとした会話が普通に胃に悪い。売り言葉に買い言葉というか、全面的にトキが悪いのだが、どことなく噛み合っていないような気がする。こういうのを、相性が悪いとそう言うのだろうか。
現実逃避のように窓の外を見ると、如何にも雨が降り出しそうな曇り空が見えた。酷く憂鬱な気分になってくる。曇天模様は人の心にも深く作用する、とテレビで言っていたがきっと間違いじゃないのだろう。
***
車が今にもエンストしそうなエンジン音を奏でている。スクラップにしていい車だ、と相楽は言っていたが、こちらが何もせずともこの車は勝手にスクラップと化してしまいそうな危うさが拭えない。
運転席には当然のように鵜久森が座り、助手席にはミソギが。後部座席にはトキが座っている。ミラーには偉そうに腕も足も組んだ彼の姿がありありと写っているので、案外寛いでいるのかもしれない。
『不幸女』の処理についてだが、と鵜久森が一番に口を割った。
「トキ、お前はさっき相楽さんに『男手が必要』で呼ばれたと言ったな」
「ああ」
「ならきっと、お前には窓枠の役割を担って貰わなければならないと私は思う。怪異を車で撥ねた後がお前の出番だ。私達は『不幸女』の体験を遡る必要がある」
「……」
トキが何故無言なのか。一瞬だけ考えて、その答えにすぐ思い至った。急いでスマホをからアプリを起動する。『不幸女』のルームにアクセスして、まとめ記事を開く。
「はい、トキ。これが『不幸女』ね。知らないなら知らないって言いなよ……」
「知っている体で話されれば誰でも困惑するだろうがッ!」
「はいはい、はいはい。そうだねー。いいからこれを大人しく読んで、怪談を理解しようねー」
舌打ちを一つ返されたが、それ以上の文句は言わずスマホを受け取るトキ。ややあって、先程の鵜久森が告げた作戦に対し、ようやくコメントを返した。
「なるほどな。私の役目は、怪異の首を切り離す事か」
「事情を知らない人が聞いたら通報待った無しだなあ、この車内会話……。それにしても、鵜久森姐さん、今回は随分と気合い入ってますね」
当然さ、と鵜久森はどこか力強くそう応じた。クールな彼女から想像も出来ない熱量を含んだ一言に硬直する。聞いてはいけない事を聞いてしまったような気まずさが、後を追って襲い掛かって来た。
「一度失敗しているからな。私は、私を頼って来たシズネを救出する事が出来なかった……。謂わばこれは、私の、リベンジマッチなんだ! 付き合わせて悪いけれど、このままじゃまだ終われない。シズネ……いいや、私の為にも!」
「ふん、怖じ気付いて私達に解決を丸投げしなかった、それだけは評価してやる」
「トキ、鵜久森さんは先輩なんだよ? それにしたって姐さん、これは流石に人選ミスでは……?」
ミラー越しに鵜久森がトキを睨み付ける。
「私だって! コイツに付き添って貰うつもりは無かった! 相楽さんのそういう所が、私は嫌いだ!!」