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飯桐斎火が地方の防衛戦に参戦すると城を出て行ってからおよそ一週間が経った。まだ彼は帰らないらしい。
それは甘音にとって限りなくどうでもいい情報だったのだが、斎火には紫水が世話になっているし小さな主人も彼の事を気にかけているようで、ちょくちょく近況を報告しろとせがまれる。一度だけ「お父上に訊けばよろしいのですよ」、と言ったが黎命の周りには常に透栖がいるため紫水は近づけないようだった。
雰囲気づくりに多大なる貢献をしていた斎火がいない今、城内にはどことなく軋んだような空気が漂っている。たった一人に救われる世界だってあるのだ。
それでも城内は平和だ。反乱だとか隣国が攻めて来ただとか、そんな物騒な話は今のところ聞いていない。
「どうしたの、甘音?」
「・・・いいえ。何でもありませんよ。退屈ですか、紫水様?」
「そんな事無いわ。ただ――」
どんどん、と戸を叩く音。顔をしかめた甘音は嫌々ながらも誰だと問うた。
「入るぞ」
「まだいいとは言っていないのですが」
「知らん」
入って来たのは鳳霧氷。彼はここ最近、甘音の周りを鬱陶しくも付きまとっている男だ。が、彼は便宜上では紫水の義兄という事になるので蔑ろにできないのも事実。だがきっと彼はそれを分かった上でしつこく絡んでくるのだろう。
入って来たその時から甘音だけを見ていた鋭い双眸が紫水へ注がれる。
「また甘音と遊んでいたか、義妹よ」
「えぇ。だって、斎火がいないもの」
「ふん・・・。もういいな、連れていくぞ」
「それは甘音に言えばいいと思う」
「貴様の許可があれば堂々と連れていける。さんざん独占していたのだから、今度は私に貸せ」
本人の意思そっちのけで進められる会話。義兄の言いたい事を理解しかねたのか、紫水の無表情に微かな困惑の色が揺れる。
そろそろ放置するのも限界かと内心で頭を抱えた甘音は堪らず口を挟み――
「やっほーい!紫水ちゃん、兄上いる――って、やっぱりいるじゃん」
唐突な乱入者。正体は言うまでも無く鳳風花、そして彼女に従って来たのであろう雨久花明月だった。彼の顔には疲れの色が濃く浮かんでいる。
さらなる災難達の登場に今度こそ甘音は頭を抱えた。