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紫水が去った後、明月に会うためやはりそのまま透栖と並んで歩いていればそれが視界に入った。
「ありゃあ・・・」
「霧氷と甘音か」
やはり青筋を立てているのは透栖。彼の事だから「信用できない奴と不用意に二人きりになるんじゃない霧氷!」とでも思っている事だろう。それは、けっして霧氷の身を案じているからではないだろうが。
しかし斎火としてはそんな事はほとんどどうでもよかった。気になるのは主の息子と紫水の侍女の関係性である。
「あーあー、あの二人デキてんのかね」
「俺が知るか。あの女、小娘の面倒ぐらい見たらどうなんだ」
「いやいや、ありゃ霧氷殿に捕まっちまったんだろうぜ。甘音殿に対して怒るのはお門違いってやつだろ」
中庭にある小さな池の傍で会話する男女。どちらも見目麗しい御仁であるために、とても絵になる構図だ。何を話しているのかは分からないが。
「見た目に騙されおって、霧氷め・・・」
「透栖よぉ。そーやって警戒し過ぎんのもよくないぜ。もっと肩の力抜いて生きりゃ楽なのに」
「誰も彼も警戒心が薄すぎる。ならば、俺一人ぐらいこういう奴がいても構わんだろう」
「意味のわかんねー理屈を捏ね回すなっての」
斎火、と言葉を遮った透栖の目はいやに真剣だった。真面目な話をしようとしているな、と瞬間的に感じ取って笑みを消す。
「俺は今の態度を改めるつもりはない。誰かが細心の注意を払っておかねば、内部の裏切りに気付けん。汚れ仕事だなんだと言って自ら嫌われ役を演じているつもりはない。俺はこういう人間だ」
お前のように能天気に生きてみたい気もするがな、と自嘲気味に呟いた透栖の瞳は射抜かんばかりに甘音を――いや、本当にその瞳は彼女を見ていただろうか。隣にいる、霧氷ではなくて。
「んー・・・ま、お前が厳しい奴だって事は理解してるぜ。人が増えてからお前がずっと気難しい顔してんのも、まぁ分かる。だけどやっぱり俺はお前の将来が心配なんだよなあ」
「ふん、お前に心配される俺の将来など無い」
「やっぱり信用できるのは最初の面子だけ、ってか。順応力ないねぇ」
「何とでも言え」
最初の面子――鳳黎命を筆頭に、憂い顔を隠しもしない透栖に斎火、そして今はいない臆病な軍師である雨久花明月。
透栖が異様に明月の肩を持つのは、彼の実力を知っているからなんて理由ではなく、ただたんに最初からここにいて、ただたんに裏切らない事を確信しているからだ。彼の人間関係は積み重ねてきた年月の表れである。
このぶんだと、紫水が透栖の信用にたる人物となるのはあと何年先の話か。
このぶんで進むと、代替わりして霧氷が皇になった時は――どうなるのだろうか。
「あーあー、俺だっていつまでもこの蒼黎にいるわけじゃねーんだぜ。明日死ぬかもしれないし、今いきなり倒れて死んじまうなんて事もある。もっと人間関係は広く持ってくれよ透栖」
「構わん。お前が自らの意志でこの地を去る事は無いのだろう」
「俺に対する絶対的信頼の欠片でも他の人間に分けられないものかね・・・」