2.





 黎命の執務室を後にした斎火は廊下を歩きながら透栖と会話に興じていた。彼等は同期なので基本的にこうして個人的な話をする事も多々ある。付き合いの長い友人であり、同僚でもあるのだ。

「此度の防衛戦、相手の数が少ないからと油断はするなよ、斎火」
「おう!あたりめーよ。紫水嬢なんざ目ぇ離してられねえし、俺もずっと地方にいるわけにゃいかねーからな。油断して足元掬われるなんてヘマはしないさ」
「ならいいのだがな。・・・ん」
「あ?」

 話をしている二人の目の前をトコトコと紫水が通り過ぎて行った。世話係の甘音が最近、ずっと霧氷に捕まっているため必然的に彼女の世話を焼いていた斎火はほとんど反射的に声を掛ける。

「おーい、紫水。どこ行くんだ?」
「あ」

 一度は通り過ぎた紫水だったが律儀にも舞い戻って来た。透栖を見て一瞬だけ嫌そうな顔をする。宴以来、彼等の仲はあまりよろしくないらしい。

「どうしたの?」
「いや、そりゃ俺が訊きたいんだがよ。お前、誰とも一緒じゃねぇのか?」
「えぇ。さっきまでは甘音と一緒だった。けれど、む・・・霧氷お兄様がやって来たから」

 おい、と透栖が苛立ったような顔で口を挟む。

「あの女はお前の世話係だろうが。何故、そうやすやすと人に渡す」
「物みたいな言い方、嫌い。どうして貴方はいつも怒ったような顔をしているの?」
「あー!喧嘩すんな!」

 睨み合う大人と子供。非常に稚拙な図だったが、それを見るのに耐え兼ねた斎火は慌てて二人を引き剥がす。子供相手にムキになる透栖も透栖だが、敢えて煽ろうという姿勢を見せる紫水も紫水である。
 しかし透栖、すこぶる子供との相性が悪い。霧氷ともすぐ喧嘩になるし。

「俺はお前の将来が心配だぜ、透栖」
「俺はしっかりしていないとでも言いたいのか?」
「いや、いつか刺されそうだ」
「そんなヘマ、するわけないだろう」

 瞬間、どん、という音と共に透栖が目を見開いた。

「透栖死亡」
「てめぇ、紫水・・・」

 いつの間にか透栖の背後に回っていた紫水が彼の背中辺りを両手で思い切り突き飛ばしていた。もちろん、少女の非力さでは彼をよろけさせる事も出来なかったが、もし紫水がその手に刃物を持っていたのならば今頃透栖は天に召されている頃である。
 この一連の冗談を真顔でやってのける彼女に心底寒気を禁じ得ないが。