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「あぁ、どうした?」
問えばすいっ、と霧氷が姿を見せる。上手く陰になって見えなかったらしいが、ずっといたようだ。
そんな彼の事など意に介さず、やはり困ったように眉根を寄せた。視線は胡乱げに室内を彷徨っている。それだけでこれから何を訊かれるのか分かったような気がした。
「紫水様を見掛けませんでしたか?少し前から見当たらないのです」
「うむ。紫水ならば、少し前に斎火の奴が連れて行ったな。風花達と話しているのではないか?」
「・・・えぇ、そのようで」
目立つ面子の中で小さい紫水だけが視界に入らない。風花はあれでもう立派な大人だし、明月は見掛けによらずそれなりに背が高い。斎火は体格がいいので紫水の小さな体躯が周りの大人たちのせいで見えなくなるのは当然だった。
安堵したように息を吐いた甘音が一礼してくるりと踵を返す。優雅な動作に周りの男達の視線が釘付けだが、彼女は気にした素振りも見せなかった。もしかすると慣れているのかもしれない。
「甘音よ。その卓の酒はあまり美味くないぞ。果実の酒が好きなのだろう?」
「はぁ・・・あの、霧氷様。わたくしの事など放っておいて構いませんのよ?」
「好きでやっている事だ。気にするな」
遠回しに放っておいてくれ、と言っている甘音だったが執着したものに対して見境のない霧氷に回りくどい言い方は通用しなかった。黎命は静かに溜息を吐く。彼の執着癖というのはなかなか目を見張るものがあるな、と。
さらに――牽制。
一国の主の息子である彼が懇意にしている女に手を出そうとする男などいようはずもない。霧氷が彼女の傍を離れようとしないのにはそういう意味もある。外堀から固めてしまおうという魂胆なのだ。
もう見なかった事にしてしまおう、と視線を外し紫水達の集まりを見やる。
だが、そこに紫水と斎火の姿は無かった。いるのは風花と明月だけである。
「もう、本当に明月殿はいちいちジメジメしてて暗いなぁ。茸でも栽培するつもり?もっと自信持っていいと思うなあ、あたし」
「誰もかれもが君みたいに前向きには生きていけないと思うよ、うん」
「語尾が鬱陶しいんだよ。言葉のあとに『にゃん』とか付けてみれば?それなら面白――いや、もっと明るくなると思うよ!」
「あぁ、これが噂に聞く職場イジメってやつなんだね」
――思い思いに束の間の休息を満喫しているようである。