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しかしここで一つ問題が浮上する事に黎命は随分と前から気付いていた。よって、対策も考案済みである。
「理由なく城に東雲の娘を置いておくわけにはいかん」
「ああそうだろうな。ふん、あの小娘は諦めろ。どうあってもお前に縁は無かったということだ」
「養子にすれば問題あるまい。甘音は将として価値がある故、囲っても問題無いだろう」
「はぁ!?」
ぴきっ、と透栖の額に青筋が浮かんだ。怒りの限界を超えて顔が蒼白だが、知らぬ存ぜぬで押し通す。
「透栖よ、同情ならばやめておけ。そういう簡単な問題でもあるまい」
「同情ではないさ。償いと弔いだ。口ではああ言っていたが、朋来とて一児の親。娘の行く末が心配であっただろう。故に、俺が紫水は責任を持って引き取ろう。それが、あの場で子の命を絶やさなかった俺の償いだ」
「・・・真っ当な理由があったとは、な」
「何も考えず人間の命を預かるわけがなかろう。犬猫とは違うわ」
お前にそういう認識があったとはな、と皮肉たっぷりにそう言う透栖。しかし、憎まれ口を叩きつつも彼はすでに反論の糸口を見失ってしまったらしく、反論らしい反論はしてこない。
主以上に難しい顔になった家臣に勝ち誇ったような笑みを手向けた黎命はここぞとばかりに溜息を吐く。
「もうよいな。透栖よ、お前は旧い友人。そうであるが故に俺の命に容易く口を挟めるが、その我儘もここまでよ。さすがにお前の感性論で俺の意見が却下される事などあり得ない」
ややあって舌打ちを漏らした透栖は分かった、とだけ言って手をひらりと振った。納得してはいないが、それで手を打つという意である。
こうして話は終息した。
――が、その瞬間、執務室の戸が叩かれる。
「――誰だ」
応じたのは透栖。家主を差し置いて返事をするなど何事だろうか。
一瞬の間があって聞こえたのはか細い澄んだ声だった。
「紫水、よ。甘音もいるわ」
まさに話の渦中にいた人物達が総出で執務室に顔を見せていた。