6.





 西側の要地であるその拠点には自軍と敵軍が入り乱れ、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。そもそも、乱戦するにしてはこの拠点は狭すぎた。ただし、敵兵の数が多いのでこの拠点の狭さは助けになっているようだが。
 何せ、拠点が狭い為に大した一斉攻撃も出来ない。数の利を行かせていないのが、東雲側の現状だった。
 それにしても、と黎命は溜息を吐く。

「引き際も心得ぬとは、我が息子ながら愚かなものよ」
「そんな事言ったら、自尊心の高い兄上が傷つくでしょう、父上」
「だがなぁ・・・どうして退かんかなぁ、ここで」
「――あの、黎命殿。恐らくは拠点が狭すぎて、増える敵兵に気付けなかったのかと、はい」
「明月よ。そういう慰めは要らぬ」
「いえ、慰めとかじゃなくてですね・・・」

 もう一つ盛大な溜息を吐けば相乗りしている紫水が鬱陶しげに見上げてきた。表情は無いが、何となく言いたいことが分かってしまう不思議さ。

「面倒よな。お前もそう思わんか、紫水。この中から我が将兵を捜しだし、その上で朋来も見つけねばならん。ひよこの雌雄を見分けるような面倒さよな・・・」
「その例えは、よく、分からないけれど」
「ぬぅ、そうか・・・」
「私、誰がどこにいるのかは分かる」
「ほう?」

 馬上の小娘など、邪魔になるかと思っていたが存外とそうでもないかもしれない。やけに自信満々に紫水は一方向を指さす。

「あっち」
「誰がおるのだ?」
「分からないけれど、そこの兵士じゃない誰かだよ」
「うん?」
「雑兵っぽく無い出で立ちの人達が闘ってる」

 よくわからないが、手掛かりは皆無なので藁にも縋る思いで彼女の言うとおりに馬を進める。途中、何度か奇声を上げた兵達が斬りかかって来たが、紫水は一度も悲鳴を上げたりしない。慣れているのだろうか。

「あれは・・・斎火、と透栖か。無事らしいな」
「あの人達、目立ってたから」
「そうであろうなあ。うむうむ、お前の目、まさに《千里眼》よ」

 感心しつつ馬を駆って混戦中の臣下達の間に割り込む。その際、敵兵を数名斬り伏せた。途端、驚きを露わにする大人二人に必死で黎命は笑いを噛み殺す。

「何やらとんでもない事になっているなあ、透栖よ」
「うっ・・・黎命・・・!その、すまんな。醜態を晒して」
「まったくよ」
「いやぁ、黎命殿。弁解のしようもありませんって!ほんっと助かりました、ありがとうございます!」

 ひとまず仲間二人と合流。しかし、二人一緒にいたという事は霧氷は孤軍奮闘だろうか。いつから引き際を見誤る子になったのか。
 がっくりと項垂れた黎命は、自軍の将達が不思議そうに紫水を見つめている事に終ぞ気付かなかった。