5.





「紫水様ッ!」

 何名乗ってんだよ、と言わんばかりの甘音の声。確定した。朋来の娘はこの東雲紫水だ。そして、この甘音という女は恐らく紫水の世話役。あの時、明確に名乗らなかったのも主君の姓を勝手に名乗る事を憚ったからだろう。
 全てが繋がり納得した黎命は、その怜悧な視線を今だぼんやり風花を見ている少女へ向けた。

「ほう・・・これが例の『幽姫』か。見事なものよな。噂も噂と捨てたものではないわ」
「紫水様への侮辱の言葉は控えてくださるかしら」
「・・・すまん」

 美女から睨まれて肩を竦める。今だ闘志が衰えていない甘音はしかし、それ以上に紫水の事が気になるようでさっきから黎命と交互に彼女を見ている。

「して、紫水よ」
「何?」

 名を呼べば自分に話し掛けていると認識するのか、すぐに紫水は黎命の方を向いた。やはり、会話の流れを上手く読み取れない少女らしい。もし、本当に人にも会わずこの塔に幽閉されていたとすれば、あり得ない話じゃなかった。

「主、仙女だとか?それはまことか?」
「せんじょ?違うと思う」
「そうであろうなあ。そこからは噂か――」
「けれど」

 と、黎命から随分離れた位置に立つ少女は自ら敵の総大将へと歩み寄った。子供ならではの、善も悪も超越した感覚が外見とそぐわない。

「けれど、私には視えるの。貴方が今までどんな善行と悪行を繰り返し、これからどんな非道を行うのか」
「ほう・・・先が視えると申すか」
「それだけじゃない、と思う」

 淡々と紡がれる言葉がやけに現実的だ。そんなもの、俄には信じ難いが、嘘ならば嘘でもよかった。それよりもこの『幽姫』がどういう目的を以て黎命を出し抜こうとしているのかに興味があったのだ。

「東雲朋来のような小物感は無いな。紫水よ、主は本当に朋来の娘か?顔立ちもあまり似ていないように見えるが」
「・・・それ、誰?」
「主の父親は誰だ?」
「そんな人、いるの?」

 唐突に話を振られたのは、紫水を見守っていた甘音だった。一瞬、言葉に詰まった彼女はしかし首を横に振る。

「私以外に極稀に訪れるあの男性が、貴方様の父親ですよ。紫水様」
「そんな人、いた?」
「えぇえぇ・・・今日の午前頃に一度、来られましたよ」

 そうだったかしら、と首を傾げる紫水に甘音は苦笑した。
 覚えていないのでしたらそれでいいのですよ、と美女は憂い顔と共にそう言う。

「わたくしを覚えていてくだされば、それでいいのです。あの方は紫水様を利用しようとする御方。知れば、貴方様が嫌な思いをするだけでしょう」

 ――理解した。甘音は朋来に仕えているのではなく、紫水に仕えているのだと。