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一方で、進軍を中断し『幽姫』が住んでいると思わしき塔へ寄り道していた黎命率いる一行。
甘音と名乗る女を追い詰めたまではよかったが、そんな黎命の足元には一本の矢が深々と突き刺さっていた。流れる空気が再び不穏なものになる。
そんな中で甘音が顔を青くしたのを、黎命は見逃さなかった。
「暗くてよく見えんな・・・。甘音よ、主の他に誰ぞいるのか?」
「い、いるわけないわ・・・」
明らかに狼狽した様子の甘音はただ首を横に振った。動揺しているのが手に取るように分かるので、それが嘘である事はすぐに分かった。ただ、彼女が何をどうしてそれを隠したがるのかは不明である。
黎命は素早く明月へ目配せした。彼がここから動く事は出来ないので、明月に確かめに行くよう指示したのだ。興味津々である風花行かせてもよかったのだが、そこは親心の問題である。
頷いた明月が矢の飛んできた方向へとゆっくり歩を進める。
「待ちなさいっ!」
「・・・すまない」
律儀にも頭を下げた明月だったが、その瞳は薄暗い螺旋階段の先だけを見ている。いつ先程の矢が飛んで来るか分からないからだ。
逃げ出そうともがく甘音を押さえつける。
「行かないで・・・待って、行くなッ!」
怒号のような甘音の声が響いたのと同時、軍師はやや驚いたように足を止めた。黎命の立ち位置からでは彼の軍師が何を見ているのかは見えない。
驚きに固まる明月の脇を何かが走り抜けた。
――遅すぎる程にようやく、その全貌が明らかになる。
「――子供?」
呟きは風花のものだった。
明月が振り返る。
その――この場にいる人間の全ての視線を集めたその人物は、まさに少女と形容すべき存在だった。
黒い挑発に小柄な体躯。あどけなさは残るものの、およそ年頃の少女には似つかわしくない冷徹で整った顔。その小さな手には弓と矢を持っている。
「ああ・・・ああ、紫水様。どうして出てきてしまったのですか・・・」
絞り出すような声に反応した少女――紫水は無表情の中でほんの少しだけ眉根を寄せた。
「だって、貴方が困っているようだったから」
理解した。
この少女は、今が戦中で、甘音は何を隠そう黎命達に戦闘を仕掛けられて敗北し、まさに首を取られる寸前であった事を――まるで理解していない。どこをどう切り取っても、ちょっと武芸に嗜みのあるただの少女だ。