4.





 西から東へと流れていく兵士達をのんびりと追い掛ける。そういう余裕綽々とした態度はひどく黎命に似ているが、それ以外はまったくの別人。いったい誰に似たのだろう。母親だろうか。
 そんな上司の息子である鳳霧氷の後を追いながらぼんやりと神楽木透栖は考えた。会話は無い。する必要も無いが、敢えて言うのであれば「相手が彼だから」と言わざるを得ない。

「ところで透栖よ」

 ――などと思った矢先に話しかけてくるのだから、本当に意地の悪い男である。
 何だ、とぶっきら棒にそう返せば苦笑された。否、嘲笑と形容した方が自然かもしれない。

「父上には言わなかったが、私は例の噂が『真実』であるとある程度の確信を以てそう思っている」
「――何の噂だ」
「分かっているものを、知らぬふりで押し通すのは難しいぞ。それに、お前は顔に出やすい」

 クツクツと嗤う霧氷に薄ら寒い気分を味わいながらも、それで、と気のない風を装って応じる。もちろん、そんなものがふりであるのを理解しているであろう霧氷を欺こうとしたわけではない。それ以上、話をする価値が無い話題だと暗に伝えているだけである。
 そして、その声にならない声を聴いた上で、気付かない風を装い霧氷は淡々と話を続ける。その態度からして、透栖が聞いているのかいないのかはどちらでもいいらしい。

「最初は私も半信半疑――否、そんなものはありえない、と思っていた」
「そう言うわりには噂話を集めたり、それを風花に吹き込んだりと、色々画策していたようだが?」
「情報収集の何が悪い。ただでさえ、うちの軍には情報に精通する者がいないのだ。ならば、自分自身で集める他ないだろう」

 情報は宝だ、と嗤う。そんな彼はだが、と区切った。

「噂を噂として集めているうちに、一つの共通点に気付いた」
「・・・ほう?」
「噂というものは尾びれ背びれが付き、真実から程遠いものへと変貌を遂げる。だが、各々で広まったはずの噂は必ず『塔の中に幽閉されている姫君』、『東雲の娘』、『透視能力』の単語が入っている事に気付いたのだ」
「それがどうした?最後の一つに関しては、信じる価値すら俺には見出せんが」
「勝手に広まり、勝手に語られ、勝手に伝えられる。それが噂だが、集めた人間の誰しもがそう言うのであれば真実であるのかもしれんな。あまりにも共通項が多すぎる」

 霧氷が空を仰ぐ。その横顔は笑っているようでもあったし、何かに憤慨しているようでもあった。

「『透視』だか何だかは知らんが、もし、祈祷の類の能力を操れるのであれば――うちに欲しい人材だ」
「ふん。貴様、相も変わらず非道極まりないな。敵将の娘を、今度は我々で幽閉するつもりか。東雲朋来は降伏する気なぞない。間違いなく処断する事になるだろう。父親を殺した軍に、その娘が喜んで付き従うわけないだろうに」

 面白い事を言うな、と霧氷が嗤う。それは実に乾いた笑みであったし、目がまったく笑っていなかったので実際に可笑しくて笑っているわけではないと判断する。

「敗将の娘の身を案じるなど。お前は変なところで生温い男だ。さぁ・・・父上はどうなさるおつもりだろう、な?」

 ――嗚呼、こいつはいつか裏切りそうだ。
 決して口には出せないそんな言葉が脳裏で警鐘を鳴らしている。