3.





 やはりというか当然というか、先に着いたのは明月達の方だった。遅い遅いと仏頂面の風花を華麗にやり過ごし、別れた時以上に疲れ切った顔をしている軍師の元へ馬を寄せる。

「早かったですね、黎命殿。それでは、行きましょうか」
「塔のどの辺に幽閉されているのかな?ねぇ、明月殿?」
「僕には・・・ちょっと見当も付かないけれど、最上階とかにはいないんじゃないかな、うん」
「ほう。何故だ」
「塔に火を着けられたら逃げられなくなりますからね。戦中以外はともかく、現時点で最上階にいる可能性は低いと思います」

 なるほどな、と頷き聳え立つ塔を見やる。黎命が持つ城の高さには遠く及ばないとはいえ、戦場にはあまり似つかわしくない建築物だというのは確かだ。
 観察し、思考の海に沈んでいれば風花が腕を叩いた。
 何をぼーっとしてんだ、と言わんばかりの娘。

「父上?乗り込まないの?」
「いや・・・行こう。お前も、休まずともよいな?明月」
「はい。霧氷殿に見つかる前に終わらせてしまいましょう」

 塔の中へと踏み込む。湿った空気と石畳から放たれる強烈な冷気。こんな所にいたら夜は凍えてしまうかもしれない。それ程までに劣悪な環境だったが、そこに触れる者はいなかった。
 それに、この塔には奥行きが無い。地上であるこの場には螺旋階段があるだけだ。
 一段目に足をかけたところで、自分達を見下ろす影がある事に気付く。

「んん・・・?主は・・・」

 唇をきつく引き結び、心底穢らわしいものでも見るかのような目をした女。ただし、黎命は彼女に見覚えがあった。
 ――言うまでも無く、崖から下りようとしていた時に見つけた女だ。
 近くで見れば見る程に美しい女。軽くうねった長髪を高い位置で束ねており、勝ち気な瞳が爛々と敵意に燃えている。女性にしては高い身長にすらりと伸びた手足。まさに美女とそう形容するに相応しい。

「この塔へ何の用なのかしら?」

 紡がれた言葉にはありありと敵意が込められていた。
 それが――やけに楽しくて、黎命は嗤う。

「東雲の娘が幽閉されていると聞いた。それは、まことか?」
「貴方が知る必要などあるのかしら?戦をしているようだけれど、この地が欲しいのであれば、外の意気地無し達とでも取り合いしていればいいわ。わたくしには関係、ありませんもの」
「うん?妙な事を言うな。主は・・・」

 うふふ、と嗤った女は自らを手で示す。

「会いたかったと言ったのに、やけに恐いお顔をするのね?うふふ、期待外れだったのかしら?」

 あれが、と背後で風花の呟く声を聞いた。

「貴方が、東雲の姫君?」

 風花の問いに対して、女は微笑んだ。敵意で飾られた微笑は美しかったが、どこか冷徹で寒気を覚えるような――そんな笑みだった。