3
実際、明月が言う事は正しい。重要な土地なのかもしれないが、現段階であの土地は邪魔以外の何物でもないからだ。あの地を手に入れたところで、生かす場所が無い。
「反対ですよ、はい。あんな地に時間を割く暇は無いと思います」
明月の方へ寄った敵を斬り伏せ、そうだろうかと反論する。幸いにも風花は今回、父である黎命の味方である。年頃の乙女らしく、『囚われの姫』に興味があってよかった。
「だが明月よ。この戦場には霧氷達の軍もある。俺達が少々油を売ったところで、戦況は悪くなったりなどせんだろう」
「そうだよ、明月!お姫様、本当は気になってるんでしょ?隠さなくていいんだよ!あたしも気になってるからね!」
ここぞとばかりに肩をもってくる娘に悪寒を覚えたがこの際そうも言っていられない。疲れ切った顔をした軍師は頼むから勘弁してくれ、と言わんばかりの顔をしていて目も当てられない。
「多数決では過半数の意見が採用される。お前は一人、こちらは二人――つまり、明月。お前は俺達の意見を聞くべきなのだ」
「いつから戦場での立ち回りが多数決で決められるようになったんですか・・・。お願いですから、そんな我儘は自重なさってください。ここには透栖はいないのですよ、はい」
「ええい!ぐだぐだ言わず、あの塔を制圧する策を考えよ!」
「最終的に職権乱用ですか・・・。はぁ、分かりました。では参りましょう。早急に終わらせて戦に戻ってもらいますよ、黎命殿」
「最初からそう言えばいいものを」
ふん、と鼻を鳴らせば盛大な溜息が返ってきた。そんな油を差し忘れたカラクリのようにぎこちない空気の中、風花だけが目的地へ行けることになり嬉しそうである。我が子ながら恐ろしい奴だ。
「まずは周囲を護っている兵を一掃しましょう。残念ですが、完全に想定外の事態なので策と呼べるような策はありません。精々、素早く雑兵処理する方法を考えるくらいです、はい。それで構いませんか、殿?」
「お前の指示に従おう。よいな、風花。いい子だから大人しく言う事を聞け」
「はいはいっと。分かってるよ。あたしがまるで駄々っ子みたいな言い方しないでくれる?何よ、いい子だからって」
馬鹿にするなと憤慨する娘を前に、早々に嫌な予感がしたものの見て見ぬふりを決め込む。明月からの突き刺さるような視線を感じたが気付かないといった体でやり過ごした。
「あの塔、入り口が無いように見えますが恐らく扉が一か所――南側を向く位置にあるはずです。東雲の治める地は、玄関が南側にある建築物が多い」
「承知した。して、俺が長い距離を走るべきか?それとも、お前たち二人で長距離を取るか?」
それは暗に二人揃っても黎命の強さに及ばない、と言っているようなものだったが明月は頷いて言った。
「長距離をお願いします。僕達は短い距離を。貴方の方が、お強いので」
「上出来よ、明月。主の軍師『らしさ』は感服に値する」
「褒めすぎですよ、黎命殿。・・・では、またすぐにお会いしましょう。ついておいで、風花」
馬の手綱を引き、二人と別れる。
眼前には武器を構えてはいるが、顔面蒼白の兵士達。
「――脆弱よな、東雲。これ程の軍を持ちながら・・・」
黎命の呟きに答える声は無い。