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「見失ったな、あの武人を」
崖を降り立った頃にはすでに女の姿は無かった。ただし、崖が割と急斜面だったので敵兵も下りて来ない。思わぬ進路変更をする事となったが結果的には良かったのだろう。
「黎命殿。先程、風花殿に話した事は・・・本当に?」
「あぁ。穀潰しでなければ、配下に加えて何ら問題無いだろう」
「――あの方が、『東雲の幽姫』である可能性もあるのですよ?どうするのです、朋来の娘であったら」
「構わん。俺は東雲朋来そのものに恨みがあるわけではない。ただの領土争いよ。故に、敵将に対して何の感慨も無いわ」
ひそひそと話をしていると、仏頂面の風花が隣に並んだ。今まで軍の先頭として走っていたのだが、これにより再び黎命が先頭となる。
「もう、あたしだけ放って何の話?今は同じ軍にいるんだから、あたしだけ外すの良くないと思う!」
「あー、すまない。悪気は無かったんだ、うん」
素早く謝る明月の姿が何故だか透栖の姿と被った。苦労属性、というところしか両者に共通点は無いのに。
「お前達。あれを見よ」
「え?なになに?」
明月達の言い争いを背に、ふと黎命はそれを見つけた。今まで見つからなかったのが不思議な程の大きな――塔。
うわ、と娘が呟くのが聞こえた。
「塔、じゃん・・・」
「石造りですね。まるで、人が住めそうな造りだ・・・」
「嘘だ、本当にあったなんて。じゃああの塔にお姫様が幽閉されてるってわけ?」
「早計、じゃないかなそれは。僕が親だったら娘をあんな劣悪な環境には住ませたくないけれど、うん」
「だったらそもそも、娘を幽閉なんてしないでしょ」
そびえ立つ塔にはどことなく貫禄があるような気がした。
「真実やもしれんな。ふぅむ・・・ここで噂の幽姫、正体を見極めるべきか」
「本当に、父上?ならあたしもお供したいなぁ」
「よかろう。明月よ、お前はどうする?霧氷達と合流したいのならば止めはせん」
あの、と酷く言いにくそうに明月は顔を歪めて頭を振った。
「僕は・・・あの塔へ進軍する必要は、無いと思います、はい。要地なのでしょうが、こんな敵陣ど真ん中の要地を落としたところで守り抜けないでしょうし」
不安げな顔をした明月の視線の先には、やって来る3人の武将を迎え撃たんと剣に弓に構える敵の雑兵達がいる。