3.





「気付かれていますね。その・・・すいません、黎命殿」
「構わん。不測の事態などいくらでも起きるものと心得よ、明月」

 敵兵の数が増えている。引き返すにも、一本道なので追って来る敵達を捲く事すら出来ない。しかしここに風花がいるのは僥倖と言えた。少なくとも、二人よりは良いはずだ。
 目が合えば彼女はえへっ、と緊張感無く笑った。

「一先ず、別隊と合流しましょう。このまま奇襲を続けるのは不可能かと」
「よかろう。行くぞ、風花。少々手荒いが、この崖を駆け下りて――」
「ちょ!父上!?いきなり止まらないでよ!」

 崖から下りる、とそう言った黎命の動きが止まった。後続の明月と風花も同じく足止めされる。
 素早く手綱を引いた黎命は馬が崖を飛び降りる寸での所で、その行動を止めさせた。

「どうされました、黎命殿!?」
「敵将・・・なのだろうな、あれは。見た事は無いが」

 眼前にはこちらを見上げる女の姿があった。ただし、遠すぎるので仕掛けてくる気は無さそうだ。というか、「ちょっと様子を見に」とでも言いたげな佇まい。
 敵将は東雲朋来だけだと思っていた。少し前までは。しかし、あの女は恐らく武将だろう。まとう雰囲気が一兵卒のそれとは違う。持っている得物は棍だろうか。身の丈よりも長いそれは太陽の光を反射して鈍い光を放っている。

「武人、でしょうね・・・。まさか、朋来以外にも障害足る人物がいたとは」
「綺麗な人だね。うちもムサい男連中ばっかりだし、ああいう人、欲しいなぁ」
「素直に降れば、登用してもよいぞ。が、捕縛したからには拒否した場合の処理は主の役目よ、風花」

 それはつまり処断するという事だが、無邪気なもので風花はけらけらと笑った。わーいと喜んでいるのが視界の端に写る。
 飛び掛かって来た敵兵を剣の一振りで薙ぎ払い、どうしたものかと首を捻る。完全に勢いを殺してしまったので、崖を下りるのを馬が嫌がりそうだ。

「一番乗り!着いて来てよ、父上、明月殿!」

 などと思っていたら娘に先を越された。馬の扱いが上手いとは前々から思っていたが、ひょっとしたら今や父である黎命より上達しているかもしれない。
 先頭の馬に従い、後続となった黎命の馬もまた続く。先導者がいれば先へ進もうとするのだから優秀な馬だ。