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神楽木透栖は溜息を吐いていた。
というのもこの戦場の西側に位置するこの場所。二手に分けた結果、こちらの陣の人数が多いのだがそのうちの一人が離脱した。
――鳳風花である。ちょっと目を離した隙にどこかへ消えていた。敵兵が少ないと愚痴を溢していたから東に流れた兵を追って行ってしまったのだろう。行くなと忠告したはずなのに。
そうして、残されたのは彼女の兄である鳳霧氷と透栖だけである。気まずい事この上無いが、この陣を放って黎命の軍と合流するのは明月の自信をさらに損ないそうで行動に移せない。
胃が痛んでくるのを感じながらも、一歩半、前を走る霧氷を見やる。
視線に気付いたのか、少しだけ馬の走る速度を落とした霧氷が並走した。なお、これと同じ事を風花が明月相手にやったのだが、もちろん透栖は知らない話である。
「浮かない顔をしているな、透栖」
――それはお前のせいだ。
心中でそう思ったものの、何食わぬ顔で肩を竦めた透栖はまったく別の話題を上司の息子へ提供する。
「いや、風花の奴が単騎で駆けて行ったが・・・いいのか?放っておいて」
「構わん。それくらいでどうこうなるような奴ではないだろう。奴の乗る馬は速い。もう、父上達に追い付いている頃だ」
「お前は妹に敵の深追いはするな、と教えていないのか」
「それに関しては私も呆れている。言ってくれるなよ」
もちろん、透栖は彼が妹の奇行に対して目を剥いて制止の声を掛けた事を知らない。霧氷がその苦労話を語ることは無いので、それが明かされるとしするのならば風花の口からだろう。
はぁ、と透栖は一つ溜息を吐いた。
「しかし、この地は広いな。そう思わんか、透栖」
「・・・そうだな。で、それがどうした」
「囲いがあれば良かったのにな、と思っただけだ」
「お前は水計がしたいだけだろう。だが、今回の戦場には風花がいる。奴がいるということは、火計がしたいと言い出すだろう」
「要領を得んな。何が言いたい」
「面倒くさがった黎命の明月への丸投げが透けて見えるようだ」
自分ほど苦労していないとはいえ、明月の心身への負担は相当のものだ。ただでさえ自信の無い、草原にいる兎のような奴であるのに黎命の荒療治のせいで一層、野兎感が増している気さえする。