1.





 さすがに単騎で駆けて来た風花をそのまま帰すわけにもいかず、やむなく3人で再び進軍を開始する。明月が黎命を気遣ってか、「全然気にしてませんから」と言うのだがむしろその方が心にくるものがあるのは何故だろう。
 馬を走らせつつ、横合いから出て来た敵を手に持った得物で薙ぎ払う。
 ――先程から敵兵と出会すのは3回目である。

「――明月よ。少し、出会い過ぎではないか?」
「そう、ですね。僕も今、そう思い始めたところです」
「引き返すか?」
「奇襲が気付かれている場合、引き返したら敵兵の大群とぶつかりますよ」
「・・・ならば進むしかない、という事か」
「そうなりますね、はい」

 それにしても変だな、と軍師は目を眇めた憂い顔で呟いた。
 間違い無くそれは独り言だったのだが、耳聡く聞きつけた風花がわざわざ馬走る速度を落として明月の隣に並ぶ。

「何が?」
「君は本当に馬の扱いが上手いな・・・。いや、奇襲に気付かれていたとして、どうやって気付いたんだろうね?」
「そうよな。誰ぞ、裏切り者でもいるのか」
「あの場には僕達しかいなかったじゃありませんか」
「あー!あれじゃない?幽姫様のお話」

 この緊急事態に楽しそうな声を上げた風花がうっとりと目を細める。もちろん、彼女は危機的状況に陥ると興奮するような被虐趣味は持ち合わせていない。

「素敵な話だよね。いるのかいないのか分からない、曖昧で模糊としたお姫様!誰かこれを題材にお伽話でも書いてくれないかな」
「個人的な見解で言えば、僕はその姫君の存在は信じていないかな、うん。精々、すでに死んでいるのを策略面云々で生きているように見せ掛けているのかもしれないよ」
「明月よ・・・主、想像以上に夢のない男よな・・・」
「え。黎命殿もそういう話、信じるクチですか?」

 信じるか否かと問われれば答えは限りなく否であるが、現に原因不明の事象が起きている以上、頑固な意地で『いない』と言うのは憚る。それが黎命の意見だ。
 そうですか、と一つ頷いた明月は一瞬考えた後、風花を見た。

「君は誰からそんな話を聞いたんだい?」
「え、私?もちろん、兄上よ」
「・・・霧氷か。ううむ・・・奴は奴で何を考えているのか分からんな」
「でも父上。あの人、『絶対にいるって確信してる』みたいな言い方だったよ。一緒にいた透栖殿が何だか言いたそうな顔してたもの」
「そうか。霧氷殿と透栖殿は仲があまりよろしくないから・・・」
「そうだよね。というか、透栖殿が兄上の事、嫌いみたい」

 外の出来事を知る閉ざされた世界の姫――否、幽姫。
 いたらいたで、面白いかもしれないな。
 風花と明月の他愛ない世間話を聞く片隅でぼんやりとそう思った。