2
女の言った通り、それから程なくして細々と流れる川に行き当たった。馬から身軽に飛び降りた彼女は馬の手綱を引き、川へ誘導する。水を飲ませながら、ようやっと彼女は十六合のところへやって来た。
「大丈夫、降りれる?手を貸そうか」
「え、いや、大丈夫っす・・・たぶん・・・」
一思いに飛び降りた。
声にならない悲鳴を上げる。随分あちこちに怪我をこさえているようで、何をするにしてもどこかしら痛む。とくに背骨あたり。
男の方はと言うと、彼女が降りた後の馬の面倒を見つつこちらに鋭い眼光を向けている。顔が整っているのにあの不愛想さはむしろ勿体ない。寄って来る女をことごとく叩き潰さんばかりである。
「えっと、あの人、すっげぇこっち睨んでますけど・・・あたし、何かしましたかね?」
「あぁ、千石様?」
――様付け!
馬の面倒とか見ているが、彼の方が偉いのだろうか。彼女等も十分怪しいが、彼女達から見れば恐らく十六合も相当に怪しい。故に、彼女の方が自分の相手をしているのだろう。
十六合の思いに気付かないまま、にこにこと微笑んだ女は「何もしてないよ、貴方は」と断言した。
「ちょっと警戒してるだけだから。貴方が何もしなければ、千石様も何もしないよ」
「はぁ・・・」
「私は貴方が怪しい人間じゃないって知っているから、普通にしていていいよ」
この人はあたしの何を知っているんだろう、と思ったがそれを突っ込む事で『千石様』から睨まれるのもそろそろ心が折れそうなので自重。
「自己紹介がまだだったね。私は鳳堂院伊織。で、あっちの彼が神楽木千石」
「・・・え」
「貴方は葦切十六合殿だね?」
――今こいつ何て言った?
頭が真っ白になるとはこの事を言うのだろう。本当に一瞬だけ何も、何一つ考えられなくなった。
聞き間違えでなければ、彼女は今、東国の皇族の名を名乗った。神楽木、というのも高名な武人にいた気がする。