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動いたのはほぼ同時。僅かな差こそあれど、それはほとんど認識されないものだった。
――石動と鍔迫り合いは分が悪い。
それだけは動き出す前から理解していた伊織は衝突を避ける。彼もまた伊織に合わせたのか、護身用の小刀しか持っていないが、両社の間には決定的な力の差がある。男女の差に体格差、諸々を合わせても力で勝てる道理などない。
器用に突き出された右手を避けた伊織はその勢いのままに石動の懐へ潜り込む。が、予想の範囲内だったのか呆気なく距離を取られた。
一進一退。進んではまた、戻る。
二度目、既視感を覚えさせる程華麗に、同時に動く――
「伊織ッ!」
普段は絶対に聞けないような切羽詰まった声。驚いた顔ですら滅多な事では見れないその人の大声に一瞬、伊織の動きは止まった。
視界の端に写るのは婚約者――神楽木千石。
彼は奇妙な体制を取っていた。まるで、今から物でも投げるような、投擲の構え。
「う、おっ!?」
好機とばかりに一歩を踏み出した石動の足は文字通りの一歩目で止まった。
両者の間を切り裂くように鈍色に輝く――刀が通り過ぎる。素晴らしく固い音を立てて、壁に突き刺さった。千石の得物が。
そこからは全てがとんとん拍子に進んだ。
思わぬ乱入者が取った行動により、固定概念じみて進む戦闘行為は無かった事になったのだ。
石動は唐突な千石の行動に長年の経験で対応した。頭の隅ではそういう無謀な技を披露してくるのも予想済みだったがために、すぐさま対処。一度は崩した体制を立て直した。
だが、娘は違った。
まさか自分に当たるぎりぎりの位置を刃物が飛来してくるなど露にもおもっていなかったのだ。故に、崩した体制を立て直せなかった。
しかし腐っても武人の娘。ただ転んで終わり、という一般人のようなあどけなさは持ち合わせていない。体制を崩した彼女は倒れたら終わりだと本能的に悟っていたのである。
「うわ、っと・・・!?」
結果的に言えば。
転ばぬように出した右足の先。幸か不幸か、入り口から玉座へ伸びる絨毯が敷いてあった。それが――滑る。
反射的に娘を助けに入った石動もこれは完全に予想外だったらしい。
それはもう盛大に――両者はそれぞれ額をぶつけた。
がつん、というどこか間抜けな音だが実に痛そうな音が響く。