4.





 私は、と震える声を無理矢理抑えて伊織は語る。それは父と娘の対面と言うより、敵将同士の再会に近しい。それを分かっていながら、石動は沈黙を守った。この威圧的な態度で娘が馬鹿な事を言い出すのが止められるならば、その方がいいのだと。
 が、石動の思惑は空振りに終わる。
 胸の前で両手を重ねた伊織が意を決したように、見上げたからだ。意志のある瞳。

「私は貴方に認めてもらいたい――否、私もこの国を動かす為の、一つの歯車になりたい。貴方のように。皇帝の娘だなんて、そんな取って付けたような理由を私は認めません」
「・・・武人としてその細腕で武器を振るいたい、と言うか」
「いいえ、もう、私には千石様はおろか南雲にだって武で追い付く事は出来ないでしょう。私は武人という道から遠すぎた。お父様、私はもう、軍師になる覚悟は出来ています」

 それは土御門悟目が聞けば涙を流して喜ぶような一言だったが、石動は分かり易く顔を曇らせた。

「軍師に力は要らぬと思っているのならばそれは大きな間違いだ。軍師は戦中、絶対に死んではならない。軍師が没するという事は、敵の策に対抗しうる策を考える人間がいなくなるからだ。地図も渡されずに要塞を攻略するようなものだろう?」

 ならば、と軍師見習いは負けじと言い返す。それは皮肉っぽくもあり、嘲笑でもあるようだった。

「貴方は渡された武器を使わずに要塞を攻略するのですか?私という未来の地図を持ちながら、使わないと?」
「分かってくれ、伊織よ」
「私は知っているのです、お父様。現状のように四国並立のまま穏やかに形だけの平和を保ち続ける事は出来ないのだと。東国の軍はすでに完成しています、故に、お父様達という戦乱を生きた世代がいなくなれば脆い。我々子世代が貴方達の『強さ』にあやかって生きてきたからです」

 戦乱を知っているのは精々、阿世知六角までだ。彼は東国統一の最終戦にも参加している。だが、その後――六角より若い世代は一度だって戦を経験していない。それは素晴らしい事であると同時、東国を完全なる一枚岩へと変えてしまった。
 有り体に言うのならば、現在の東国で役に立つのは親世代だけだ。
 神童やら槍の名手やら、ちらほら大物武将もいはするが、それでも前世代という全盛期には遠く及ばない。数も腕も。
 そう先ではない未来。東国を護る為にその手腕を振るう軍の中に、自分はいるのだろうか。そう思うと伊織はぞっとした。この《先見》の能力が一番使われなければならない時に使われないという恐怖。
 まだ視えない。まだ視たくない、その先。

「どうか、私に戦場へ出陣する許可を」