3.





 最初こそ打ち合いは平行線をたどっていたが、時間が経つにつれ、徐々に千石が押され始めた。代わり、火が付いたような勢いを得たのは一色である。
 調子を平坦に紡ぐ千石と尻上がり状に調子を伸ばしていく一色。そうなってくれば、調子に乗った一色の方が競り勝つのは自明の理だった。分かっていたが、序盤に絶対的優勢へと持ち込めなかった。

「は、はははははっ!弱い、弱いぞ千石!お前の道場剣術ではそれが精一杯よ!!」
「・・・優勢になった途端、よく喋りますね、父上」

 精一杯の皮肉は嘲笑によって返された。
 打ち合いを続ける中、脳内の『冷静な部分』が逃げろと警鐘を鳴らす。このまま立ち回りを続けるのは無謀である、と。
 分かっているのに止められないのは、千石の決断力の問題ではない。
 ――一色が逃がしてくれない。
 今更だが彼は随分と邸襲撃の件について頭にきているようだった。当然である。

「お前達、次世代の物差しで測った神童など敵ではないわ」
「・・・っ」

 がっ、と足を掛けられて体制を崩す。刃物を持っているというのに随分と無茶な行動だ。恐らく、そう思っている事こそが一色に言わせれば『生温い』のだろうが。
 経験の差がこうも顕著に表れるとは思っていなかった。
 下手に強かったばかりに、千石はひしひしと自身の経験不足に気付かされ、心中で盛大な溜息を吐く。自分の振るう剣とは、道場剣術の域を出ないのだと。小奇麗な舞踏と何一つ変わらないのだと。
 それに比べ、一色は随分と際どい攻撃を仕掛けてくる。おかげさまで次は何をしてくるのか見当もつかない。このままでは本当に負ける――

「千石!無事かー?俺が助けに来てやったぜ!」

 そんな千石の心中を読み取ったかのような絶妙な瞬間に乱入してきたのは、洞門南雲。すでに手には得物を持っている。
 一色が面白くなさそうに目を眇めた。

「む、増援か・・・。しかし、いい頃合いだ。伊織も馬鹿ではない、ということか。ふん、悟目の入れ知恵とどちらの可能性が高いだろうな」

 もちろん、一色は悟目がすでに投降した事など知らない。ただ、彼は本当の意味で土御門悟目を微塵も信用していなかっただけである。