2.





 コンコン、と控え目に戸を叩く音。ふ、と我に返った土御門悟目は立ち上がった。つい先程出て行った志摩が帰って来たのだと思ったのだ。

「何か・・・ありましたか、志摩殿――ッ!?」

 欠伸を噛み殺しながら戸を開けた瞬間、思い切り肩を押されて室内へ押し込められる。状況が呑み込めず、覚束無い足を無理矢理持ち直したところでその人物の顔が視界に入った。

「春雨殿・・・」
「どうも、悟目さん。すいません、志摩さんじゃなくて」

 ぞっ、と悪寒が背筋を駆ける。彼は後輩のような位置付けの同胞ではあるが、何を考えているのか分からない事がよくある。それに、彼がここにいるのはおかしい。というか、あり得ない事だ。

「あぁえっと・・・僕じゃなくて、織姫殿が貴方にお会いしたそうです」
「伊織さんが?」

 ひょこっ、と春雨の背後から顔を覗かせた鳳堂院伊織はいつも通りの無邪気な様子で微笑んだ。その平常さが逆に違和感を発している。
 ――が、そんな事を気にする以前に。
 今まで行方不明だった伊織が見つかって安堵している自分がいるのも事実だった。有り体に言うのならば、再会を心から喜んでいる。
 がちゃり、と室内へ侵入した皇帝の娘であり敵の総大将である彼女は後ろ手に部屋の鍵を掛けた。

「こんにちは、先生。驚きました?」
「えぇ・・・えぇ、驚きましたとも・・・」

 本当ですか嬉しいなあ、と悪戯が成功した子供のように伊織は笑った。どうやら籠絡させられた春雨はそんな彼女を心底不気味なものでも見るような目で見ている。
 ――ただし、そんな弓師はその手に矢と弓を装備しており、少しでも悟目が変な動きをしようものなら容赦無く矢を放つだろう。