1.





 ガツン、という目が醒めるような音と共に握りしめていた三つ叉の槍が跳ね飛ばされて廊下を滑る。両手で大斧を持つ六角が勝ち誇ったように笑った。
 その様をやはり冷静に分析した志摩は一つ盛大な溜息を吐くと両手を挙げる。

「――降参だ。偶然だったのかは知らないが、この更科志摩を討ち取った事、誇るがいい」

 ホッとしたように可愛い部下が胸をなで下ろす。彼には躊躇いこそ無かったが、どこか迷ったような顔を始終していたので一つ憂鬱な事が済んで安堵しているのだろう。
 そんな事より、本陣の方がちゃんと機能するのかどうかが心配だ。常にまともな神経をしている一色も今回ばかりは随分と頭に血が上っているようだし、自分が抜けた穴を補ってくれる者がいるかどうか。

「偶然じゃねぇですぜ、志摩殿」
「そうなのか・・・。だとすると、悟目さんの策が看破されている事になるのだが」
「そうなのかもしれねぇですね。何せ、姫さんには《先見の目》がある」
「――そんなもの、まじない程度の意味しか持たないだろうに」

 そうですか、と呟いた雲雀と目が合う。とても深い哀愁の色を漂わせたその目のまま、部下は絞り出すように言った。

「志摩殿。貴方は、悟目殿を置いて出て来るべきではありませんでした」
「――悟目さんがいる事を、知っているのか?」
「はい」

 くらり、と眩暈がした。そうだとしたら、本当に志摩がここまで出張って来た意味が無くなる。それどころか、この危険地帯に悟目を一人放置して来た事と同義だ。

「姫様は・・・一体、どこまで先読みを・・・」
「それは俺にも分かりません。ですが、この階に悟目殿がいて、志摩殿がいて、それ以外に誰もいない事だけは――分かっていたようですよ」

 ――何がまじない程度だ。
 こんなの、祈祷師が数人集まっても得られる情報ではない。思っていた以上に強力無比で、さらに厄介な力なのだろうか、《先見》。
 今更になって彼の御仁の恐ろしい能力に気付き、志摩は顔をしかめた。
 負けてしまった以上――敗将である以上、勝った彼等の言う事を聞かねばならない。つまり、《先見》の性能を本陣に伝える事すら出来ないのだ。
 嗚呼、と志摩は天井を仰ぐ。

「失敗した、か・・・」