1.





 それが六角のものだという事はすぐに分かった。体当たりされたのだという事も、頭の片隅で理解した。
 ただ一つ、納得出来ない事があるとすれば、何故ここに六角その人が当然のようにいるのかという事だけだ。
 鈍い痛みを感じないように頭を振り、ゆっくりと立ち上がる。
 大柄な男――阿世知六角が爛々と輝く瞳でこちらを見ていた。敵に回したくない男だったが、やはり彼も伊織に対して甘い。それを思えば当然の結末と言えるだろう。
 状況が一転、どうしようもなく不利な状態になる。
 四面楚歌、とはまさにこの事だ。唯一の救いは、彼らが自分の方へ集まっている事だけである。

「揃いも揃って・・・だが、姫様の姿が見えないな」
「そんな事、貴方が気にする必要は無いですよぅ。あっちはあっちで、上手くやってるっすから」
「そうか・・・だが、妙だな。随分と偏った布陣だ」

 ――何だろう。この、雪の中を走っているような歪な感じは。
 伊織を一人きりに放置するだろうか。千石も見当たらないようだが、彼はどこへ行ったのだろう。
 思考は六角が大斧を床に叩きつけた音で遮られた。

「姫様には何か考えでもあるんでしょうぜ。ですから」

 気にしねぇでください、とその凶悪そのものの得物を向けられる。感じるのは純粋な畏怖と悪寒である。ああ、これはまずい、と。
 逃げるという選択肢もある。が、それは軍師である悟目を捨てるという事だ。それだけは避けねばならない、絶対に。護衛なんて名目付けて出て来たのだ。それすら全う出来ないなんて、生きている意味すら見失う失態である。
 黙って志摩は三叉槍を構え直した。雲雀はともかくとして、六角の実力は本物以上だ。放っておけば、またさっきのような重い一撃を甘んじて受ける事となる。それだけは避けなければ。

「行きますッ!」

 叫んだと当時、六角が地を蹴った。その巨体からは想像もつかないような速さ。まさに感服の至りである。縦に振りおろされた大斧を真横に躱す。そのまま一番槍殿の懐へ飛び込む――
 瞬間、横合いから飛び出してくる影を視界の端に捉えた。ほとんど反射の勢いで身を捻り、それを避ける。
 伸びて来たのは普通の槍よりやや太いそれだった。雲雀の得物である。
 そうして、間合いが開いたが為に最初の間隔に戻る。ただ一つ違うのは、志摩の心中に諦めの色が濃く浸透している事だろうか。