1.





 足音を忍ばせ、何者か達が通り過ぎて行った後をつける。
 そこで足音が分散したらしい事に気付いた。

「・・・分かれた、か?」

 複数聞こえていた足音は今や一つにまで減っていた。ならば、一人で孤立している伊織軍の誰かをまずは抑えるのみだ。何だか分からないが、分散してくれたのは助かる。全員相手にするのと一人ずつ相手をするのでは労力も成功率も段違いだ。
 一歩、踏み出す。早く追わなければ見失う――

「ッ!?」

 背後に気配。
 振り返る間を惜しみ、懐に忍ばせていた小刀を振るう。
 手応えは無かった。しかし、その攻撃を避けた人物が地面に着地する音はしっかり耳に届いている。
 ゆっくりと身体ごと振り返った。

「――雲雀か。お前は確か俺の部下だったはずだが・・・」

 わざとらしく首を傾げてみる。と、年上に対して敬意の念を忘れた事が無い部下は酷く焦ったように目を逸らした。

「千姫殿もお揃いのようだ。夫婦水入らずで何をやっているのか・・・」
「御機嫌よう、志摩殿」
「息災のようだな」

 当然のように雲雀の隣に立つ神楽木高千穂が優雅に一礼した。緊張感の無さは間違いなく母親譲りなのだろう。
 呑気な事を頭の片隅で考えつつ、冷静に状況を分析する。
 高千穂は戦力から除くとして、雲雀は――彼はまだ若い。自分を倒すには至らないだろう。この戦力から見て、出会ったのは偶然に違いない。となると、雲雀の奇襲は失敗に終わったのだから手詰まりがいいところである。
 それを踏まえた上で冷淡な瞳を部下へ向ける。

「裏切りか、雲雀」
「・・・すいません。弁解のしようも無いです」
「構わん。お前の様子を見ていれば、やるだろうなとは思っていた。嫁を質にでも取られていたのか」
「あたしが人質なんかになるわけないっすよ。うちの旦那様がまんまと引っ掛かっただけですよぅ」
「――大体の話は分かった」

 哀れな部下にもはや溜息しか出ない。運と間が悪かったのだろう。責める気は無いが、仕方ないとも思えない。それが裏切りという行為である。
 話は終わりだ、と雲雀が槍を構える。
 向かって来る姿勢は素晴らしいし、そういう愚直なまでに素直なところが彼の美点であり欠点だ。ここは、退くべき状況。今、それを理解されると面倒なので助言なんてしてやらないが。
 得物の三叉槍を取り出す。

「――覚悟してください、志摩殿」
「・・・どの口がそんな事を――」

 言うんだ、と言い掛けたその瞬間。
 一瞬、息が詰まるような感覚、天井へ壁へと視界が回転する。そうして、気付いた時には冷たい石畳の床に転がって世界を横向きに眺めていた。