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「おい。誰も帰って来ないではないか」

 うんざりしたように神楽木一色が呟いた。その顔にはありありと不満を浮かべている。
 ここは東軍本陣。城の最深部にして鳳堂院石動が座す本丸でもある。ここを落とされれば実質上、戦に負けた事となるのだ。
 そのもっとも安全な場所に集まった1代目組は顔を付き合わせて今後について論じていた。

「志摩よ。お前、雲雀から離れるべきではなかっただろうに」
「俺にも俺の役目があるからな。そう言うのであれば、一色さんが息子殿の様子でも今すぐ観に行けばいいだろう」
「まぁまぁ・・・喧嘩なさらず、とも・・・」

 ふん、と鼻を鳴らした一色は淡々と状況を分析する。口調に躊躇いや迷いは無く、動揺も感じられなかった。

「雲雀と春雨は失敗したのだろう。もともと、姫様の下には同僚が多い。そちらへ降った可能性も無きにしも非ず、だな」
「そうですね・・・。何より、ここまで・・・予想外の展開が、多すぎる気がします・・・」
「予想外の事など、いくらでも起きる。気にしていては始まるまい。泣き言を言っている場合では無かろう」

 上座でその様を眺めていた石動は遠い目をしている。ようやっと本腰を入れた皇帝は、人が変わったように今の戦に勝つ為の思案を巡らせていた。もともと戦に強い人だったので一度戦が始まればそちらに意識が向くのはある意味、自明の理だった。

「仕方ありません・・・わたしが出ましょう」
「悟目さん?どこへ出るつもりなんだ」
「視察ですよ・・・志摩殿。こうしていつまでも部屋へ引き籠もっているわけには・・・それに、雲雀殿達が失敗したのならば・・・わたし達が全員、安全圏内にいても流れは変わらないかと・・・」
「貴方は軍師だ。そうそう不用意に出歩かれては・・・」
「策は編みました・・・あとは、微調整を加えるだけです・・・。ただ、作ってしまったという事は、伊織さんの《先見》をもう・・・躱せないという事です、が・・・」

 それについては考えない方が吉ではないか、と一色が目を眇める。まさに、『そんなものは宛にならないだろう、どちらにとっても』。と言わんばかりである。

「・・・ともかく、悟目さんが出て行くのならば俺も共しよう。貴方を一人で放っておくのは二重の意味で危険だ」
「志摩殿・・・貴方がいてくれるとは・・・心強いですね」
「済まないな」

 それでよろしいでしょうか、と石動を仰ぎ見る。彼は鷹揚に頷いた。