4.





「おーい、もう、いいですか?」

 2階から春雨がそう問う。矢を番えたまま、黙ってこちらの会話が終わるのを待っていてくれた彼はそろそろ本題に戻りたいようだった。
 百発百中の腕を持つ彼。それは疲れていても変わらないようで、威嚇射撃は見事に南雲の足の横に刺さった。ぎょっとして思考を元に戻す。上司と馬鹿な掛け合いなんてやっている暇は無かった――

「よし、来い春雨!」
「六角殿・・・いや、僕も頑張りましょう。一番槍としての貴方を今ここで倒してみせます」

 いかん、熱い展開っぽくなってきた。このまま正面切って戦うには近距離と長距離では相性が悪すぎる。どうにかして止めなければ。というか六角はどうやって春雨と真っ向勝負するつもりなのだろう。疑問がしんしんと降り積もっていく。
 制止の声を掛けようと口を開く――

「お待ちください春雨殿!」

 あれ、まだ何も言っていないはずなのに、脳内に思い描いていた台詞が聞こえる。
 自分の代わりに言いたい事を言ってくれたその人物――九十九雲雀を見て、南雲は息を呑んだ。こんなところで援護が来たのだ。これでは、どうにか春雨の目を盗んで2階へ上がったところで、雲雀と戦闘する事になる。
 負けるとは言わないが、勝てるとも言えない。そんな不確かな結果の為に六角を置いて行くわけにはいかないだろう。

「うっ・・・雲雀・・・!」
「南雲、お前には色々言いたいことがある。けど、後回しにしておこう」
「なんでここにいるかねー・・・どーします、六角殿。逃げるなら今ですよ」
「姫さん見捨てるわけねーだろ」
「ですよねー」

 「余所見をしないでくれ、南雲」。そんな声が聞こえたと同時、視界に入った春雨の姿。
 ――すでに矢を番え、弓を引き絞っている。それはつまり、もう矢を放つ準備が完了している事を意味した。
 一瞬の隙を逃さず攻勢へ応じる春雨の構え。やはり年長者は敬うべきだったのだ。油断をしていなかったとは言わない。ただ、この混乱に乗じて虎視眈々と無防備な南雲を狙っていた春雨は全てにおいて周到だった。
 これは避けられない――
 足と利き手を護るべく、身構える。空気を斬り裂くような、弓が元に戻り弦が破裂するような音が響いた。

「――あれ?」

 放たれた矢は南雲の身体を外れ、石の床に突き刺さった。
 ――外した?そんな馬鹿な。
 訳が分からず弓師を見やる。と、彼の肩に手が置かれているのが見えた。その手を中心に身体の軸がぶれている。

「どういうつもりかな、雲雀?」
「・・・その、先に謝らせてください。すいませんでした」

 とても気まずそうな顔をした雲雀。その手は春雨の肩をしっかりと掴んで――握りしめている。彼の身体を力任せに引っ張る事で矢の軌道を変えた、という表現が実にぴったりだ。真実、そうなのだろうが。