3.





 やけに清々しい顔をした神楽木高千穂。
 真っ青な顔をして心底疲れ切った顔をした九十九雲雀。
 夫婦間のただならない温度差に、伊織は冷や汗をかいていた。この程度でギクシャクするような夫婦ではないと思うが、この空気を作り出したのが自分の計略だと思うと煮え切らない気分である。
 しかし、いつまでもこうしてはいられない。何せ、自分が思い描いた全ての策は辻褄合わせの頃合い勝負だ。一つでも見誤るともう、それに策としての価値は無くなる。ご都合主義に頼り切った物理的な計略こそが持ち味だ。
 よって折角手に入れた大駒である雲雀をいつまでも野放しにして、自然復帰を待っているわけにはいかない。

「あの、雲雀殿?そろそろ、私の話を聞いてもらいたいのだけれど」
「ああ・・・あぁ、分かっていますよ、伊織殿。それで、こんな間抜けな裏切り者の俺に何のお願いでしょうか」
「もう、雲雀殿。もっとやる気出して仕事してよ」

 やや怒ったように高千穂がそう言う。うんうん、と首ふり人形のように雲雀が頷いた。これは酷い。

「じゃあ、雲雀殿。まずは反対側の回廊へ行って、春雨殿を勧誘してきて」
「・・・何故、伊織殿が知っているのですか。春雨殿が帰っていることを」

 やや生気を取り戻した雲雀が怪訝そうに問う。あからさまに不審そうな顔をしているので、伊織は自らの目を指さした。

「《先見》だよ。もう、帰っているんでしょう?春雨殿」
「・・・えぇ。伊織殿の先見は、やはりよく当たりますね」
「私が視る未来は絶対に起こる事だよ。だから、春雨殿がこう丁度いい頃合いで帰って来るのは、ずっと前から知ってた」
「だから俺に籠絡して来い、と。・・・承知しましたよ」

 潔さは雲雀の誇るべき美点である。彼が伊織達を裏切らない事は《先見》云々ではなく、彼の人柄からも言える事だろう。
 そして、仕事の正確さも一級品。さすがは半端を嫌う男である。融通が利かない事だけが玉に瑕だ。

「そして、六角殿と春雨殿の相性は悪い。もしかすると今頃、六角殿が捕らえられているかもしれないから、回収して来て」
「回収?」
「春雨殿を味方に付ける事が出来れば、返ってくるはずだよ。お願いしますね、雲雀殿」
「人使いが荒いですね、伊織殿。いったい、誰に似たのか・・・」
「私は誰に似てもいないよ。変な事、言わないで」

 強い口調だったからか、やはり雲雀は困ったように微笑んだ。自分達で引き起こしたとはいえ、随分年少組に心身的大打撃を与えているらしい。雲雀の疲れ切った顔がその証拠だ。