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曲がり角の先に雲雀を発見した伊織は後ろからついてきている高千穂を見て言った。
「さすがに私も人道外れた行為をするのは好ましくないので、一回目は普通に説得してみます!お姉様はそこで待っていてください」
「分かりました。危なくなったら、飛び出しますね。では、ご武運を」
こうして、一人でのこのこと現れた伊織を見て、雲雀は途方もなく苦々しい顔をした。苦笑している、とも言う。非常に呆れられているのは確かだ。
「伊織殿・・・軍師、いえ、大将たる貴方が敵将の前に堂々と出てくるとは・・・その、兵法を学び直した方がよいかと」
「そうかもしれないね」
あくまでにこにこと笑う伊織に、決して油断しまいと顔を強張らせる雲雀。彼が油断しているところなど見た事も無いが、それは妹のような存在である伊織を前にしても変わらないらしい。彼らしいと言えば彼らしいが。
私は戦いに来たわけじゃないよ、と常套句を口走ってみる。
常套句、と名がつくからにはよく使われる文句なのだ。途端に雲雀の顔が訝しげに歪む。何が言いたいのだ、と言わんばかりに。
「――その、雲雀殿。私達の軍に来てくれない?貴方の同僚もほとんどうちにいるようなものだし、きっと退屈しないと思う。それに、お父様達が仕切る古参の軍は居づらいでしょう?」
伊織の言葉は真実だったのかもしれない。しかし、雲雀はさらに深く眉間に皺を寄せた。
「伊織殿。例え、居づらくとも俺が仕えているのは『東軍』なのです。自らが所属している軍に反旗を翻すなど、言語道断。断じて貴方にお仕えするわけにはいきません。我等の主は、石動殿です」
それに、と雲雀が困ったように微笑んだ。
「もし、伊織殿が行いを反省して、父君に謝ろうと思うのであれば、俺も付き合いますから。そろそろ片意地を張るのは止めて、石動殿とお話してみてはどうですか?」
彼の忠誠心は生真面目過ぎる。どうも、伊織の言葉では揺らがないらしい。表情にはちらちら疲れの色が見えるし、同僚がほとんどいなくなって多大なる心労を負っているのは分かるが、それでもなお、むしろ伊織の方を取り込もうと必死だ。
やはり彼を言葉の力で落とすのには無理がある。
そろそろ高千穂を呼ぶべきだろうか、とそう頭の片隅で考えていれば一歩、雲雀が足を踏み出した。
「さぁ、観念してください。千石殿達がどちらへ行かれたのかは分かりませんが、貴方は今一人。貴方の力で俺に勝つ事は出来ませんよ」
「それはどうだろう。雲雀殿が気付いていないだけで、伏兵がいるかもしれないよ」
「貴方の軍に伏せておける程の兵力は無いはずです。そう、志摩殿が言っていました」
もう一歩、雲雀がその大きな歩幅で着実に距離を詰める。得物を振るうつもりは無いようだったが、伊織が抵抗しようものならば容赦なく武人としての本領を全うするに違いない。
はぁ、と小さな溜息を吐いた伊織は降参、とばかりに両手を上げた。
同時に止まる雲雀の足。
「残念だなあ。やっぱり私には、雲雀殿を動かす力は無いみたい」