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人っ子一人いない廊下を歩いていく。急ぐ必要は無かった。目下の狙いである九十九雲雀は必ずこの道を通るはずなので、伊織達は彼と会うのをただ待つだけだったのだ。
旦那と敵対しているはずの戦線に立ちながらも動揺した素振りを一切見せない神楽木高千穂を横目で観察する。《先見》の力は先を読む事は出来ても、他者の心中を読み取る事は出来ないのだ。
「どうしたんすか、伊織様。そんなにこっちを見て。何かいましたか?」
「いいえ、お姉様。何もいないですよ。ただ、本当に貴方はこちらへ来てよかったのか、と考えていました」
「おかしな事を気にしますね」
言い、高千穂の双眸が伊織を捕らえる。何を考えているのか分からない、とても神楽木一色に似た瞳だった。
「雲雀殿がいらっしゃらなければ、この戦には勝てないんでしょう?なら、あたしにそんな事、訊く必要ないと思うっす」
「そう、ですけど・・・お姉様が心を痛めていらっしゃると思うと・・・」
「え。全然問題無いですよぅ。雲雀殿にも、たまにはこういう刺激を味わってもらうのもいいかと思ってるぐらいっす」
夫婦間が冷め切っているわけではないらしいが、何とも絶妙な関係である。たしか、婚姻を結びたいと告白したのは雲雀の方だった。奥さんの尻に敷かれているのだろうか。
――私には到底、真似できないなあ。
妙なところを感心しつつ一人で頷けば、そういえば、と高千穂が話を切り出した。
「あまり嫁であるあたしが言う事じゃないんですけど、雲雀殿が何の役に立つんです?とてもじゃないけれど、罪悪感云々の問題で使い物にならないと思いますよぅ?」
「あぁ、それなのですけれど。雲雀殿がいると、先程帰ったばかりの春雨殿を仲間に出来るのです」
「へぇ、そうなんですかあ。なら、雲雀殿は春雨殿への布石ってことっすね」
「いや・・・そこまでは、言ってませんけど・・・」
失礼千万である。それは嫁である高千穂だからこそ許される言動であって、義妹に当たるはずの伊織が言えば角が立つばかりだ。
「あ、あと、伊織様。どういった感じで雲雀殿を籠絡します?真面目さだけは人一倍強いあの人を寝返らせるのって、大変だと思いますよぅ?」
「あ。それはですね、お姉様に人質役を演じてもらいます」
「恐ろしい程外道ですね、伊織様」
演じてもらうのだから問題無いのでは、と思ったが高千穂がそう言うのであればそうなのかもしれなかった。