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「準備は整った。後は攻めるだけ、だね」
そびえ立つ城を見て伊織が微笑んだ。それはまるで、旅人が故郷へ帰った時に見せるような穏やかな笑みだったが、何の事は無い。今からこの城を攻め落とすのだ。場違いにも程がある。
そんな婚約者の様子を見て、随分我慢していたんだなと千石は小さく息を吐き出した。
これでやっと解放されるのだ。父親からの重圧、小うるさい姑からの嫌味、明らかに度が過ぎた机仕事から。
それらの事を考えていると、今の段階において罪悪感も何も湧いてこないのだから不思議である。
「私の《先見》によると、城門前はがら空きだよ」
「へぇ。打って出るつもりなのかね、悟目殿は。まぁいいぜ、その方が俺も腕が鳴るってもんよ!」
へへっ、と笑う六角はさすがと言うべきか。戦の無い平和な時代を生きている自分達とは一線を引いた場所にいる存在である。
やる気があって嬉しいよ、と笑う伊織に近づく。
「伊織。最低条件として本丸に続く2本道は確保したい。片方ずつ行くか、分かれて二手から攻めるか決めろ」
「それはまだちょっと分からないから待って」
「では、悟目殿はどうする?東軍に軍師は一人しかいない。あの人を押さえておけば、後々楽になるだろう」
「出来うる限り最初に捕まえてしまいたいね。けれど、先生が戦線に出て来る感じがまったくしないから、中途半端な時に捕縛する為、進路変更する必要がありそう」
「具体的に視えてはいる、と?」
「うん。え?千石様に着いて来てってお願いした時、そう言わなかったっけ?」
「・・・そこまで汎用性のあるものだとは思わなかった」
やけに楽天的だとは思っていたが、こうなる事まで知っていたのだろうか。だとしたら、彼女を今まで使って来なかった東国とは一体何なのか。
自国に対する不信感を抱きつつも、伊織から目を逸らした千石はこれからについて思いを巡らせる。ただし、それは憶測の域を出ないのだと痛感しながら。