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ぴりぴりした空気の中、その空気を斬り裂くように伝令兵が飛び込んで来た。非常に焦った顔をしている。
「で、伝令!」
「・・・どうした」
あまりの石動の機嫌の悪さに怯んだ伝令兵だったが、次の瞬間には膝を突き頭を垂れる。これが目上の人間に対する基本的な所作だが、雲雀も知る通りそれを頑なに守っている武将はほぼいない。仲良しこよし過ぎるのだろうか。
「一色様が・・・単騎で駆けて来ました!お通ししましたので、ここへやって来るかと――」
「退けッ!」
兵士の言葉を遮り、大股で室内へ入ってきたのは今し方話をしていた神楽木一色その人だった。彼もまた酷く不機嫌そうな顔である。また面倒なのが増えたな、そう雲雀は心中で毒突いた。先程から彼の心はみるみるうちに荒んでいっている。伊織の軍の方がまだ心安らげそうだ。
「おお、一色よ!お前、伊織を見なかったか?」
「見ましたぞ、会いましたぞ姫様と!」
「何?あの娘は今、どこで何をしている?」
「うちの邸で軍議でもやっているのではないですかな?」
「神楽木邸へ来ているのか、一色さん」
「そう言ったのが聞こえなかったか、志摩よ」
ぎっ、と一色の据わった目が主君を写す。
――あ、これはまずいんじゃ。
そう思った刹那には、意外にも感情の起伏が激しい一色が堰を切ったように文句と憤りの言葉、それらを吐き出していた。
「石動殿。貴方は娘に一体、どういう躾をしたのですか?親子揃って人が邸で休んでいるところを襲って来て。どこの蛮族なのですか、貴方の娘は。それとも何か、貴方は私に恨みでもあるのですか?冗談じゃ無いですな。恨みがあるのならばこちらの方でしょう、えぇそうでしょう?人を家畜のようにこき使った挙げ句、家で休む事すら許されないとは何事ですか。私を心労で殺す気なのですか、石動殿よ」
「あぁ、すまん。迷惑を掛けたな一色。それで、結局奴は誰を仲間として連れていたんだ?」
「給料上げろ馬鹿殿。ふん、六角と千石に南雲もいましたね。とりあえず私は息子を叩き潰したいのですが。ともあれ、まるで今から戦でも始めるかのような布陣でしたよ。我が邸にいる者達では正直どうしようもありませんな」
本気なんでしょうね、あちらも。
と、どこか遠い目で付け足した一色の瞳が今度は隅の方で蹲っている悟目へ移される。途端、彼の顔が険しく歪み、寄っていた眉間の皺がさらに深くなった。
「おい、志摩よ。あの隅にいる綿埃のようなあれは、何だ?」
「・・・言い過ぎだぞ一色さん。どう見たってあれは悟目さんだろう。目でも悪くなったか」
がつん、という音がしたかと思えば怒りでむしろ青ざめた顔をした一色が机を殴った音だった。さすがは武人。その机にヒビが入ったのを雲雀は見逃さなかった。そろそろ彼は怒りで憤死してしまうんじゃないのだろうか。
そんな一色は大股で繊細な軍師に歩み寄るとその襟首を掴み上げた。片手である――片手である。
「ええい、いいからさっさと献策しろ軍師!何を遊んでいのだ貴様は!鬱陶しいぞ」
「あぁ、一色殿、お止め下さい!」
堪らず雲雀は止めに入った。
さっきから上司の志摩は貧乏揺すりというかずっと足をとんとん、と落ち着き無く動かしているし、一色の暴言にまったく動揺しなかった石動はというと後から冷静になって考えたら一色がとんでもない事言ったのに段々気付き始めて娘が見つかった喜びから醒めて彼に怒りを抱きつつある上、成り行き上この軍議っぽい何かに巻き込まれた護衛兵達は「大丈夫かこの国・・・」「いや色々駄目だろ」「東国に光が見えないんだが」とかヒソヒソ話し合ってるし、そんなわけで――
「困ります!」
「・・・雲雀よ。お前は冷静だがな、高千穂はうちにいて、さらに行方不明だぞ」
「えっ」
「いつまでもここで喋くっている暇はあるまい?」
――とんでもない奴である。平気で自分の娘をダシにしやがった。
薄く嗤う一色に構うこと無く、傷ついてその衝撃から立ち直れない少々精神面が弱い軍師を見やる。
「すいません、悟目殿。そろそろ軍議、始めてもらってもよろしいですか?」
とん、と肩に手を置き言う。ようやく悟目が顔を上げた。
二人から責められて余計に落ち込んでいるのは間違い無いが、この際見て見ぬふりである。
「・・・分かりました。あの・・・離してください、一色殿・・・」
ようやく掴まれている襟首を離された悟目が渋々、会話の輪に加わった。