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 一方、石動が率いる軍の方はというと、完全に軍議が行き詰まっていた。
 九十九雲雀はこっそり溜息を吐く。同僚達が反乱を起こしてくれたおかげで、周りにいるのは上司ばかり。それだけでも胃に大変な負担を掛けているというのに、こういう時に限って心の癒しである妻の姿は無い。
 ここで唯一、真面目でまともな更科志摩が唐突に口を開く。彼はちょいちょい脱線した話を元に戻してくれるので、彼がいなければ行き詰まるどころか軍議が始まりさえしないのだろう。

「結局、姫様はどのくらい本気で謀反を起こしたのだ?俺にはそれが分からない。石動様の首を取り、この国を乗っ取りたいのか、或いは力を示す事で父親を従わせたいのかが、分からない」
「余に対しての憎しみは否定しないのだな、志摩よ」
「当然です。貴方は少し、娘に過保護なんですよ」

 軍議が進まないせいで苛立っているのか、主君に対して刺々しい言葉を吐き出す志摩。彼は多分、相当疲れているのだろう。何となく分かってしまう自分が悲しかった。

「あの、志摩殿。俺はその、父親を殺したいなんて感情が伊織殿にあるとは思えないのですが」
「それは断言出来ない。姫様が一人で反乱を起こしたわけではないのだから。千石あたりの入れ知恵で、そういう方向へ話が進んでいても可笑しい事じゃないだろう」
「はぁ・・・」
「千石も千石で、石動様に恨みがあるようだ」

 普段から何を考えているのか分からない神童の無表情を脳裏に思い浮かべる。やはり、彼が何を考えているのかは分からなかった。というより、よしんば天才過ぎる為に伊織が千石に利用されているのではないか、という考えすら思い浮かぶ。
 彼等の関係性というのがそもそも分からない。石動が「千石に嫁がせたくない」と言うのも分かるのだ。彼が伊織を愛しているとは到底思えない。

「ですから、石動様。まずは動かなければ。このまま何の対策も打たず、姫様が本気だった場合はどうするのですか?」
「だが・・・『父親』に恨みがあるのならば、余は父として娘の話を聞くべきではないのか?」
「東国の『皇帝』に恨みが無いとも限らないでしょう!?最低限、どうにか布陣を決めるべきです」

 軍議であるのに軍師である土御門悟目はこの口論に参加していない。彼はいまだに伊織から置いて行かれた衝撃から立ち直っていないのだ。娘のように彼女の事を可愛がっていたから、声すら掛けてもらえなかったのが相当堪えたのだろう。
 ――そこも分からない。
 突けば転がるようにあっさり伊織の味方になってくれたであろう悟目に伊織がどうして接触しなかったのか。
 聡明である人間の考えている事は裏を返せば分かり易い。そこに必ず利益が生じるからだ。
 馬鹿の考えている事は分かり難い。彼等は自分の考えがどういった利益を生み出す事になるのかを結果からしか測らないからだ。
 何も考えずに行動する人間の考えている事は解らない。そこに信念が無いのだから。