2.





 上司の命をまっとうすべく、踵を返す。伊織を追う為に出した兵達は完全に彼女を見失ったようで、報告は一切無い。手掛かりは、一切、無い。

「石動様、まずは何処を――」

「お待ちくださいッ!」

 大きな声を上げて部屋へ転がり込んで来たのは青年だった。息を切らして、何だかところどころ埃を被った見るも無惨な姿だった。
 響いた声に驚いた様子だった悟目が声を上げる。

「雲雀殿・・・!」

 行方不明者の一人、九十九雲雀。顔を真っ青にし、焦りを全面に押し出した彼は叫んだ。

「いっ、伊織殿が・・・」
「落ち着け。伊織が外へ出て行った事は知っている」

 近くに居た兵に水を、と志摩は指示を出す。
 しかし、落ち着けと言われてなお、雲雀が落ち着く様子は無かった。それどころかやけに落ち着いている上司達の姿を見て一層焦ったらしい。

「のんびりしている場合ではありません!伊織殿が数名の武将とそれに連なる兵を連れて、謀反を起こしたのですよ!?」
「・・・は」
「本当なのです!俺も誘われたのですが、ことわっ――」
「待て」

 思わず続きの言葉を制する。雲雀は実直な男なので嘘や事を大袈裟に語る事も無い。後輩達の中でほぼ唯一信頼が置ける優秀な武人だ。
 そうであるが故に、志摩は表情を曇らせた。無言でいる主に代わり、先程言われた衝撃的な事実を反芻する。

「謀反、だと・・・?お前は姫様を妹のように可愛がっているから、姫様にからかわれたのでは?」
「いいえ・・・。すでに、六角殿を味方に付け・・・恐らくは、千石殿も」
「六角殿も・・・ですか!?」
「はい。今ここには・・・南雲もいませんね。恐らく、南雲も伊織殿に取り込まれている事でしょう」

 阿世知六角。東国の誇る一番槍、まさに5本指に入る程の武人だが、彼は如何せん、頭が少し弱い。そこを軍師見習いである伊織につけ込まれたとなればあり得ない話ではなかった。
 ここで、今まで口を閉ざしていた石動が呟くように口を動かした。

「何故・・・謀反など・・・」
「理由は分かりません。俺も先程までは縛られて部屋の一室に放り込まれていましたから。準備の良さを鑑みるに、俺が断るのは予想の範囲内だったのでしょう」

 雲雀殿、と続いて沈んだ声を出したのはやはり悟目だった。そろそろ彼は心身の過労で息絶えるんじゃなかろうか。

「君も・・・伊織さんに勧誘されたのですか・・・?」
「え?えぇ。あの、それが・・・どうかしましたか?」
「わたしには・・・声を掛けてくださらなかったのに・・・」
「えっ」
「ああ・・・わたしの愛弟子・・・」

 ぐずぐずと泣き出した悟目を心底引いた目で見つめる雲雀。彼は良くも悪くも実直な男だった。
 使い物にならない軍師の代わりに志摩は考えを巡らせる。残念ながら、兵法は知っているものの、実際に軍を動かす側ではない彼には何一つ打開策は思い浮かばなかった。
 ただし、悟目が伊織に引き抜かれる図だけは易々と思い浮かんで自然と溜息がこぼれ落ちる。