2.





「というか、何故、伊織が家出したと思うのだ」

 勝手に盛り上がっていれば不満げな顔をした石動が問い掛けてきた。彼は娘に甘すぎる上、過保護なのでこう言われると黙っていられなかったらしい。
 何とか上手く丸い言い方が出来ないものか、と志摩が思案しているとすでに心の傷を負っていた悟目が先に話始めた。彼は彼自身が深く傷ついているので割と容赦が無かったというか、周りを配慮する力が完全に失せていた。

「今日の講義で伊織さんが・・・とても、機嫌が悪かったので・・・」
「う・・・」
「はぁ・・・反抗期なのでしょうか・・・」

 元凶である石動は大いに動揺した。今日は講義だからとか何とか、理由を付けて千石との約束を破棄させたのは記憶に新しい。
 分かりやすすぎる構図を前に、志摩は慌てて悟目を止めに掛かった。このままだと、国主までもが軍師のように落ち込み、伊織を捜すどころではなくなってしまうのは明白だった。

「悟目さん悟目さん。姫様がその程度で家出などするわけがないだろう?あまり、滅多な事を言うものじゃない」
「そう、ですね・・・」
「ええい、志摩!貴様も何か心当たりがあるようではないか!」
「えぇ・・・いや、石動様。貴方が聞いたら落ち込むでしょう?自分の娘を傾国にでもするおつもりですか・・・」

 いいから話せ、と上司に押し切られてしまえば部下である志摩に反論の余地は無い。冷静な彼は冷静にこの局面を見ていたが、話してしまえば石動の行動は二択だ。
 ひとまず、伊織を連れ戻すと言い出すか、或いは落ち込んで悟目同様に使い物にならなくなるかだ。前者であれば捜索が進むので何てことは無いが、後者だった場合は伊織捜索は自分の手腕に掛かってくるので避けたいところ。

「今日の昼の話です。一色さんも交ぜて、少々談笑していたのですが――」

 伊織が実は軍師ではなく武人として戦線に立ちたかったという話、不機嫌だった理由が分からない話、千石と石動の仲があまりよろしくない事を知っている話。
 それら全てを簡潔に説明すればどんどん石動の顔が険しくなっていった。説明を終えて口を閉ざせば、目を伏せた石動が頭を抱える。

「くっ・・・伊織がそんな事を考えていたとは・・・!ところで悟目よ。何故お前が伊織の人生相談なぞやっているんだ。余には何も言って来たこと無いぞ!」
「いや今そこはあまり関係無いです石動様」
「まぁよい。捜せ」

 さすがは一国の主。志摩の想像以上に彼は図々しい人間だった。