2.





 自室で書を片手に優雅に茶を飲んでいた更科志摩は顔を上げた。廊下を駆けるような足音が聞こえたからだ。城内をドタバタ走る人間は限られる。六角か南雲、或いは石動だ。たまに伊織が駆けて行く事もある。
 この先には悟目の部屋もある事だし、注意しておこう。
 そんな軽い気持ちで立ち上がったと同時、戸が叩かれた。不審に思いながらも開ければ息を切らした兵士。名前は忘れた。

「どうした、騒々しい」
「そっ、それが・・・伊織様が・・・」
「姫様がどうかしたのか」

 顔を真っ青にした兵士の様子から何か起こったのだと瞬時に理解する。彼女が何か問題を起こす事は珍しいので、自然、志摩の眉間にも皺が寄った。

「姫様が、兵を連れて外へ・・・」
「何?歩きか?」
「いいえ、馬に乗っておられましたが・・・」

 意味が分からない。その光景が何を示すのかが理解出来なかった。彼女は今朝方、神楽木邸へ行くと父親に進言していたが、それは断られたはずだ。ならば今日、彼女が外に出る用事は無いという事になる。

「千石殿や南雲はいなかったのか?」
「さぁ・・・遠目には確認出来ませんでしたが・・・」
「そんなに遠くへ?」
「はい。もう、肉眼では追えないかと」
「誰か伊織様の様子を見ている人間はいないのか?」
「すぐに志摩殿へお知らせしましたから、現在、姫様を見ている者はいません」

 一体、伊織が何を考えているのかは分からないがともかく石動に報告しよう、と志摩は腰を浮かせた。
 遠乗りにでも行っているのかもしれない。千石も城内で見掛けたし、若い恋人で少し出掛けているのだろう。ただ、そのお出掛けに兵士が着いているというのは何とも苦々しいものだが。
 きっと、石動に確認すれば「伊織が遠乗りへ行きたいというから護衛兵を付けた」とでも言うのだろう。
 ――冷静沈着な事で有名な更科志摩だったが、今回ばかりはその冷静さが裏目に出たのは言うまでも無い。