1.





 洞門南雲はその日、あまり得意ではない机仕事に勤しんでいた。
 戦場では武将として武器を振るう身だったとしても、城に缶詰状態の今はしがない文官の一人にすぎないのだ。
 多くの場合は途中で飽きて投げ出す。昨日も一昨日もそうだった。が、それが祟ったのもまた事実。とうとう神楽木一色に心底怒られ、今日一日でやり終えていない仕事を終えてしまわなければならなくなった。自分でも吃驚する程、自業自得である。
 そんな彼のただでさえ無かったやる気をさらに削ぐように、戸を叩く音が聞こえる。誰か来たらしい。

「あー、やめやめ!俺はお客さんの相手をしないと、なっ!」

 ろくに確認もせず戸を開け放てばそこには仁王立ちした鳳堂院伊織の姿があった。珍しいな、と首を傾げつつもまんじりと彼女を観察する。何か書類を持って来た、とかでは無さそうだ。

「えーっと・・・どうしたんですか、伊織姫?」

 上司の娘に対して問えば、彼女は用心深く室内を見回して人がいない事を確認しているようだった。やがて、納得したのかやすやすと敷居を跨いで部屋の中へ。

「お邪魔します」
「えー?いやいや、姫様、俺と浮気ですか?あんた婚約者いるじゃないですか」
「馬鹿な事言ってないでとっとと椅子に座ってよ」
「あー、そりゃまた、なんで?」
「貴方とはある程度距離が離れていないと色々嫌だから」
「なんなんですかーもう。終いには泣きますよ、俺」

 笑いながら椅子に腰掛ける。部屋の端と端に立って話す様は実に滑稽だが、上司の娘に逆らうのも色々面倒だし、仕事にも飽きた頃だったので相手をしてやろうという意気込み。それにしても彼女は年上に対する礼儀がなっていない。

「ちょっと、協力してもらいたい事があるんだけど」
「・・・えー?嫌な予感がするんですけど」

 一国の姫君の我が儘を聞くのと、職務に勤しむの。どちらが楽しいだろうか、と瞬時に脳内で天秤に掛けてみる。
 ――仕事をしているよりは、少女の気紛れに付き合う方が面白いかもしれない。

「まぁ、話は聞きますよ。あー、突拍子も無い事は無しの方向で!俺はしがない下っ端ですからね」
「私、ちょっとお父様に、謀反を起こそうと思ってるの」
「はぁ!?」

 ――予感とは得てして当たるものである。