4.





 何をするでもなく伊織を中へ招き入れ、寛ぎ始めた千石は書物を読むふりをし、そっと婚約者の方を盗み見た。先程まで機嫌が悪かったのだが、それが嘘みたいに帯を眺めている。
 土御門悟目に会えば彼女の機嫌が綺麗に元通りになる事を知っていたが、今回は違った。覚えるのは少しの優越感である。父親など目では無かったが、悟目にはどうしても勝てなかったので、先輩に対して悪いとは思ったが、それは思っただけだった。
 とりあえず伊織を励ます為に、本当はもっとちゃんとした場面で渡すべきだった贈り物を手放してしまったが結果良ければ全てよしである。雰囲気と場面に拘らないお馬鹿でよかった。

「どうしたの?書物、飽きた?」
「――いや、なかなか興味深いな。これはお前の物か?」
「それは、悟目殿に借りたんだよ。私はまだ、半分しか読んでいないけど」
「ふん、お前にこの書物は些か難しかろう。読まなくていい。書物は姉上にでも借りろ。お前達の知的才能は同じぐらいだろう」
「そんなに面白いの、それ?貸してもいいけど、悟目殿に返さなきゃならないから汚さないでね」
「当然だ。この書物は俺が返しておこう」
「あぁ、そう?」

 油断も隙も無い奴である、悟目。
 ともあれ、帯、着物と渡したのだから次は簪だ。もっと女らしい格好をしてもらわなければ。というのも自国の姫君を『じゃじゃ馬』扱いする父、一色を瞠目させる為であり、他でもない伊織の為に。
 静かに決意を固めていれば、ふと、彼女が何に機嫌を悪くしていたのかを聞き忘れていた事に気付いた。
 物を渡して落ち着かせるのは上塗り法であって、根本的な解決には至らない。時間が経過して、自分が帰った後にまた機嫌が悪くなると面倒だ。
 ――そう考え始めると書物に書かれた字が全然、読めなくなってきた。
 仕方なく一つ溜息を吐き、書物を置いて、先程女官が持って来た茶を飲む。少し冷えていた。

「――伊織」
「はい?」

 視線が合う。彼女は茶請けに夢中だった。みたらし団子である。誰だ、伊織の好みの茶請けを用意したのは。
 良い物を見た、と言わんばかりに微笑んでいた女官の顔が脳裏を過ぎる。
 ――自分が見ていない所で、どうにも彼女は甘やかされ過ぎているようだった。

「お前、さっきは何をあんなに不機嫌だった?」

 ぴたり、と伊織の動きが止まった。