3.





 これでやっと執務が滞りなく進む――
 そう思ったのも束の間。直ぐさま入れ替わるようにして今度は二人組が入って来た。その面子を見て一色は顔を引き攣らせる。

「これはこれは、悟目に志摩・・・。貴様等まで私の仕事の邪魔か?暇な事だな」
「あぁ、別にそういうわけではないよ、一色さん。ただちょっとここで悟目さんの人生相談でも始めようかと思っただけだ」
「本気で意味が分からないな。出て行ってくれ。見ての通り、立て込んでいる」

 更科志摩と土御門悟目。別段、珍しい取り合わせでもないが集まった場所が一色の執務室ともなれば話は別だった。もっとこう、開けた場所で人生相談でも何でもやればいいのに。
 そして、どうやら悟目が非常に面倒な事になっている。俯いてぶつぶつと何か呟いているし、負傷した様子も無いのに足下は覚束無い。志摩が肩を貸している状態だ。

「あー、身体でも悪くしたのか、悟目?」
「あぁ、違うんだ」
「お前には訊いていないのだが」
「悟目さんの口から告げるには、どうも酷だと思ったのだ。気を悪くするな」
「――おい、どんな厄介事を持って来た。私を家へ帰らせない気か」

 元凶をちらりと見る。そんな一色の顔はまるで濡れた雑巾を見る様な目だったが、それに突っ込む者はこの場にいなかった。
 悟目の呟きに耳を澄ませてみる。

「えぇ・・・えぇ・・・そうですよね。やはり、親離れの時期ですよね・・・分かってましたよそんなの・・・あぁ、反抗期なんて、この世から無くなればいいのに・・・」

 ――意味が分からない。
 何を呪っているんだと訊こうとして、志摩に制された。

「君には容赦という言葉が無いのか」
「一体今ので私に何を理解しろと言うのだ。いいから用件を話せ」

 それもそうだ、と志摩が肩を竦め、悲痛そうな顔をして語り出す。

「実はだな、姫様が・・・どうも、悟目離れを始めたらしい」
「姫が?・・・そうか、で、それがどうした」

 姫――鳳堂院伊織の事である。
 いまいち言葉の真意が掴めず、眉根を寄せれば「理解力の低い人だ」と罵られた。今すぐ武器を手に取り彼等を追い出したくなった。

「それで、何故、いお・・・いや、姫がいきなり反抗期に?あの方は基本的に悟目にこっちがちょっと引くぐらい懐いていただろうに」
「それは石動様が親としてはちょっとうざった過ぎたせいだろう。だからこそ、次に触れ合う機会が多い大人――つまりは悟目さんに懐いた。だが、もう、親離れの時期なのかもしれないな」
「なぁ、志摩よ。何故、私達が余所様の娘についてこんなに熱弁している?馬鹿馬鹿しくならないのか?」

 しん、と静まり返った室内に悟目のすすり泣きだけが反響している。