3.





「あぁ・・・娘を結婚させたくない」
「は?」

 ――何を言ってんだこの皇帝は。
 言い掛けた言葉を呑み込む。彼には娘が一人しかいない。つまり、血縁関係で皇帝を決めるのならば必然的に鳳堂院伊織が次の皇帝――否、女帝としてこの国に君臨する事になるだろう。
 そんな彼女に子供がいなかったらどうなるのか。
 答えは簡単である、鳳堂院の血筋が終了する。それについて困るのは石動本人であり、鳳堂院家の人間である。
 よって、東国に仕える人間の一人として事務的に一色はこの問題発言に応じた。

「何を言っているのですか。あんた、子供がいなかったら大変な事になりますよ。娘が可愛いのはよく分かったので、正気に戻ってください」
「俺、お前、上司。分かるか、一色よ」
「片言にする必要はあるのですかな。私は見ての通り、仕事が終わっていないのです。分かったのならば、早々にお引き取り願いたい」

 うがぁああああ、と石動が叫び、机を両拳で殴る。情緒不安定にして挙動不審だったが彼は腐っても武人である。机がミシミシと悲鳴を上げている。
 机を割られては堪らない、と一色は声を張り上げる。

「駄々を捏ねる子供のように見苦しいですよ、石動殿!そしていい加減鬱陶しいのですがっ!」
「お前その『鬱陶しい』という言葉、千石もよく使っていたぞ!本当に放任主義だな!」
「論点をすり替えないでいただきたい!」

 だいたい、と何かに火が着いた一色は相手が国主である事も忘れて捲し立てる。彼は割と率直かつ分かり易い人間だった。

「先程から私の執務の邪魔をして、自ら傾国でも語るつもりなのですか!?大体、傾国なぞと言われていいのは美女に限りますよ!いい歳こいたオッサンが執務の邪魔をしたってただただ鬱陶しく、目障りなだけですな!!娘を嫁にやりたくないとは、どこまで暗愚じみた事を言うのですかッ!というか貴方それ、同じ言葉を志摩に言ってから私に話を通してもらいたい!!」

 一息にそう言って我に返る。
 しかしここで謝ると自分が悪い、となってそのまま処断などという流れに持ち込みかねないのであくまで自分自身はまったく悪く無いという態度を一貫する。

「あぁ・・・お前に何かを訊こうと思った余が馬鹿だった。・・・帰る」
「もう二度と来ないで欲しいですな」
「余の城なんだがこれ」

 なおもブツブツと恨み言を呟きながら皇帝陛下は退室した。