3.





 神楽木一色は仕事の溜め癖がある。というのも、嫁である神楽木志水が家庭内で仕事をするのを嫌がるからだ。
 ――なんていうのは所詮言い訳で。
 息子である千石の手が割と器用なので書類を任せまくっていた事は否めない。常に黙って従ってきた息子も次からは断る、などという確固とした意志を示していた現場を目撃してしまったのだが。
 仕方なく執務室に篭もったのが数十分前。足早に自室へ篭もったはずなのに恨みがましい目でこちらを見ている上司もまた数十分前から勝手知ったる我が家のような図々しさで執務室に居座っている。いい加減帰ってもらいたいものだ。

「――石動殿。仕事が出来ません故、お引き取り願いたいのですが」
「いやお前、あんな現場目撃しといてよくも無かった事に出来るな!」
「ゴホン!いやはや、何の話をしているのか・・・」
「お前と余の娘の話よ!」

 ――先程の息子娘の会話を聞いていたのは一色と石動の両名である。
 どう良心的に見ても『仲睦まじい』様子では無かった婚約者達の親はいたたまれない空気を吸って吐き出している。
 上司の娘に暴言を吐く息子を目撃した親。部下の息子に暴言を吐かれる娘を目撃した親。雰囲気は今にもひび割れそうだった。

「それで石動殿、この私に何を言いたいのですかな?」
「子供の躾に失敗したな、一色よ。かわいげもなくお前に似ている・・・」
「どういう意味か問いたいところですが、私なりに好意的に解釈してあげましょう。子供の罵倒じみた口論をするつもりは無いので」

 言外にさっさと去れ、と言っているつもりだったのか石動が動く気配は無い。一色は心中でうんざりしたように溜息を吐いた。執務を残して家に帰れなくなると、志水がこの女性に歩かせるには遠い城へ召喚する事になってしまう。
 彼女は実に家庭的な女性なのだが、それが仇となってしまう場合だってある。出来ればあまり家と街以外に行かないで欲しい――

「千石は随分ねじ曲がった性格をしているが、お前一体どういう教育をしたのだ」
「うちは基本的に放任主義ですよ。姉の方が手が掛かりすぎて、もう一時子育てなどしたくありませんな。まぁ確かに、貴方が言う通り昔の私を見ているようですが」

 子育てにうんざりしているのは本心だ。手塩に掛けた娘は何故か九十九雲雀のところへ嫁いでしまうし、最早弟である千石を育てる精神的体力は皆無だった。それに彼は姉を反面教師として成長したおかげか、存外しっかりしている所がある。
 ――それが結果的に期待値を上げてしまい、普通の子供より上手く物事が出来るように期待している節はあったが。

「石動殿が言いたい事も分かりますが、私は子供の結婚に夢を視る事は止めたのですよ」

 千石の嫁が何の取り柄も無い町娘だろうと、出自が不明な女だろうと感心が無い。それに関しては彼の能力値が補うだろうし、女が出来て仕事が手に着かなくなるような柔らかさは持ち合わせていないだろう。
 よって、まさかの上司の娘という逆玉の輿に乗っかって来た時は思わず「好きな相手と婚約していいぞ」などと柄にもない事を言ったものだ。