2.





 何の気兼ねもなく踏み入った千石の部屋は相当に片付いており、無駄な物は一切置かれていなかった。とは言っても彼の自宅はこの城という建物から1時間程離れた場所にあり、そこが本当の彼の部屋なのだが。
 片付いた室内の箪笥の一つを指さす。無言で頷いた彼はその箪笥の二段目を引いた。途端、現れる木の箱。それは伊織が予想していた物よりずっと高級そうな外観をしていた。

「間違い無いな。お前の先見は本当に宛になる」
「そりゃよかったけど・・・帯なんて何に使うの?女物だし・・・」

 装飾の着いていない、ただの帯だったのならば着物を固定する為だけの代物だがこうやってじゃらじゃらと装飾が着いていればそれはどう好意的に解釈しても女性の物だ。一抹の不安を覚えつつ、伺うように千石を見やる。

「そうだな。これを俺が着けている所など普通に考えて想像出来ないだろう」
「あ。自分で言っちゃうんだね、そういう事」
「これは・・・」

 木の蓋を取る。やはり女物の帯で、ついでにそれが有名な店のやっぱり一般人には手の届かない額のそれである事が分かる。
 目利きがいい、というのも自分の長所かもしれないな。と現実逃避。

「えぇっと・・・どうして帯なんて買ったの?そんな、高そうなやつ」

 そう。今まで言わなかったが神楽木千石は女性人気が高い武人の1人だ。机仕事も出来る、戦に出れば大活躍でしかも高給取り。さらに端整な顔立ちとどことなく寡黙な印象を持つ彼が女性に好かれないはずがなかった。
 むしろ、皇帝の娘である事以外何の取り柄も無い自分が悠々と彼の隣に立っている事に申し訳無さすら感じる。そもそも雲雀が若くして結婚したのも事の発端だ。ちなみに、南雲は若くてそれなりに高給取りなのだが、如何せん、あいつは女癖が悪い。
 そんなわけでまだ伊織と『婚約者』であり『夫婦』でない彼が女性の視線を一手に集めてしまうのは最早必然だった。
 ――しかし千石が一度女性にその自他共に認める毒舌を振る舞えば大半が消えていなくなってしまうのだが、それは余談として語るまい。

「・・・さぁ、忘れたな。どうして買ったのだったか」

 先見に過去を視る力は無い。故に、千石のその言葉が真実なのかそうでないのか伊織には推し量る術が無かった。

「――そうだな、お前にやろう、伊織。この間、母上から着物を貰っただろう?」
「え?あぁうん」
「それによく合いそうな色だ。もし、家に来る事が出来るようになったらあの着物とこの帯を着けて来い」
「・・・はーい」

 ぶっきらぼうにそう言われ、箱を押し付けられる。こういう千石の態度を見て南雲が、「ツンデレ萌えッ!」などというどこの国の言葉か分からない単語を吐いていた。
 ――ところで、どうして私が志水殿から着物を譲っていただいた事を知っているのだろう。
 その疑問は口に出しちゃいけないような気がしたので、代わりにお礼を言い、それまで沈んでいた気分を完全に回復させたのだった。