2
「・・・ねぇ、やっぱりお父様に何か言われたんでしょ?」
それからもずっと無言の千石の後ろ姿にそう問うてみる。基本的に彼の口から出る言葉は罵倒一択だが、「今は忙しいからどこかへ行ってろ」と言われない限りは付きまとっても大丈夫だ。
彼と上手に会話する為には言葉の裏に潜んだ真意的な何かを読み取る必要がある。脳内で彼の言葉を翻訳しなければならないのだ。
「――お前の様子について訊かれただけだ」
「人の生活を散々監視してるお父様が千石様に訊く事なんて無いと思うけど・・・」
「・・・・・そうだな」
久しぶりに哀れさの滲んだ声でそう言われ、むしろこっちが大打撃を受けた。端から見るとそう見えているのか、と。
「何か、今日の皇帝陛下は機嫌が悪かったから」
「そうだろうな」
「機嫌にムラがあるんだよね、お父様」
「全てお前の行動に依存しているがな。良い子にしていろ。それだけで機嫌が良くなるんじゃないのか」
「良い子、って・・・私、良い子だと思うんだけどな」
「俺とお前の住んでいる場所は違う。俺の目が行き届かない所でお前が何をしているのか、俺は知らないからな。何とも言えん」
彼等が言う『良い子』というのは、親に意見せず黙って従っていろという事だろうか。そうだとしたらそれは、「冗談じゃ無い」と一蹴せざるを得ないが。子供とは得てして親から離れて行くものである。
「千石様とお父様は、本当に仲が悪いね」
「・・・そんな事は無い」
「変な間があった事は突っ込んだ方がいいのかな」
伊織、とそこで千石が振り返る。鉄面皮という仮面を被ったまま、やはり何を考えているのか声色でしか読み取る事が出来ない。
「一般的に俺とお前の『お父様』は仲が悪いのが普通だ。娘の嫁ぎ先に対して父親が良い顔をするはずがない。それにお前は一人娘だ。俺の父は単純に数の上で言えば子供が2人いるからこそのあの適当さなのであって、お前しか娘のいない石動殿をこうりゃ・・・いや、石動殿と俺が仲良しこよしはあり得ないだろう」
「うぅ・・・でも、悟目殿の娘さんはあっさり送り出されたじゃない」
「あの人の嫁ぎ先は不自由が何一つ無いからな。俺の家は石動殿の配下だ」
――そうだ。鳳堂院石動と神楽木一色は上司と部下という関係であり、決して対等ではない。
「だが、お前が一人娘であるからこそ、国内から出したくないのも親心なのだろう。そうでなければ今頃、同盟国の皇族と婚姻なぞ結んでいるかもしれないな」
それを上手く利用しろ。そう最後に毒を吐いた千石は再び足を進める。まるで目的があるような足取りだが、さっきからこの廊下を通るのは二回目である。