3
「それで・・・伊織さん、何があったのですか・・・?」
「別に、何も無いですよ・・・先生」
おや、と思った。
こう聞けばいつもなら堰を切ったように父に対する不満をぶちまけるのだが、今回は違うらしい。しかし、不機嫌そうな様子は変わらない。
「父上殿と・・・何かあったのではないのですか・・・?」
「なっ、何も無いですよッ!」
「・・・」
――何かあったらしい。軍師として、この顔色のわかりやすさは問題だ。が、こういう愛嬌のある所が彼女の持ち味なので表情筋を鍛える授業はしたくないな、と悟目は小さく溜息を吐いた。
というか彼女が軍師として戦場へ立つ日は来るのだろうか。あの過保護な父を見ている限り、伊織が采配を振るう日が来る図をどうしても思い浮かべられないのだが。
わざと何も気付かないふりをする悟目。彼は隠し事が上手だった。
「では・・・兄君・・・いいえ、雲雀殿と喧嘩でも?」
「あ、そういえば今日はまだ会ってないですね。雲雀殿はお元気そうでしたか?」
「えぇえぇ・・・とても・・・」
「そういえば、今日、お父様以外の方と初めて会いましたよ」
何か説教でもされていたのだろうか。もう、日は高く昇っている。お世辞にも早い時間だとは言えなかった。だとすると、父に怒られて苛立っている?
だんだん話の核心が見えて来た。やはり、いつも通りの状況。
「ふむ・・・それでは、千石殿と何かありましたか・・・?」
「千石様とも会ってませんッ!」
「おやおや・・・」
神楽木千石。彼女の婚約者である。どちらもベタ惚れのようだったので、彼女等の不仲はあり得ないが――
やはり、こちらも関係があるらしい。
千石と石動は所謂、婿と義父の関係。そして石動が自分の娘に婚約者がいる事を快く思っていないのも周知の事実だった。
「悟目殿!私の事など気にせず、どうぞ授業を始めていただいて構いませんよ」
「・・・将棋でも指しますか?」
「私に何か恨みでもあるんですか!?」
どうせ勝てませんよ、と卑屈な事を言う伊織だったが彼女が始めろと言うのならば、講義を始める他無い。
毎回頼ってきていたのに、ここに来て反抗期にでも入ったのだろうか。
少々寂しい気分を味わいながらも、悟目は机の端に寄せていた地図の類を並べ始めた。