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そうして、現在。
執務室にやってきた娘の姿を認め、石動は頭を抱えていた。
溌剌とした笑みを浮かべ、仲間達曰く、「愛嬌がある」らしい娘、鳳堂院伊織。早くに病で母を亡くし、心底焦った石動だったが、彼女は見事に女の子らしく育っている。内面はどうなっているのか、正直想像も付かないのだが。
1日の大半を城と城下町を行き来する事で過ごしている彼女。基本的に伊織の生活態度を把握している石動だからこそ、彼女が寄りつかないこの執務室にやって来た事を不審に思っていた。
「・・・どうした、伊織。父はこの通り、仕事に励んでいるのだが」
「えぇ、知っていますよ」
「そ、そうか・・・」
ところで、と笑みを崩さないままに伊織がようやく用件を口にする。10年前の東国統一戦争最終決戦より緊張している自分がいた。
「これから、千石様のお家へ行きたいのですが」
――神楽木千石。
言うまでも無く、神楽木一色の息子である。さらに忌々しい事に、伊織の婚約者でもある。承諾した記憶が無いのだが。
顔が引き攣るのを感じつつ、笑みを崩さない娘を見据える。
もちろん、どうにかして城内へ引き留める為に。というか、この状況を鑑みるに神楽木邸には主たる一色も、その妻である志水もいるだろう。よって、引き留めるような状況ではなかったりする。
「日を改めなさい。今日は悟目がお前に講義をする日だろう」
「・・・先生は日付をずらす事ぐらい承諾してくださるわ。そうでしょう、お父様?今更何を言っているのです?」
「うむ・・・。だが、悟目には仕事がある。最近、忙しいのだ。あまり日付を変えるなどと言って困らせてやるな。奴は我慢癖があるのだ」
「あら、そうでしたか。ならば仕方ありません。悟目殿の負担になるのは心が痛みますからね」
ふぅ、と内心で安堵の溜息を吐く。彼女を城下町からさらに外へ出すとなると、相応の護衛も必要だし、というか一色は裏切りそうだからあまり娘と会わせたくない。何より婚約者だとかほざいている千石の領域で娘を放置するなんてあり得ない。
そんな父へ追い打ちを掛けるように娘はわざとらしく呟いた。
「ならば、明日お伺いしましょう。お義母様が焼き菓子を作ってくれると言っていましたからね」
内心がバレバレであった事に石動は冷や汗を掻いた。どうやら悟目によって最愛の娘は着々と軍師として育てられているらしかった。