序章





 怒号、舞い上がる粉塵、飛び交う矢に石、混じり合う色の違う旗。太陽は高く、眼前の光景を鮮明に照らし出していた。
 眼下の光景を睥睨していた鳳堂院石動だったが、不意に声を掛けられて振り返る。

「こうしてこの光景を見ていると、何だか感慨深いものがありますね。石動様」
「・・・志摩か。感慨深さ、か。あるようで、無いような・・・そんなところだ」
「おや、そうでしたか」

 部下である更科志摩。彼が一歩後ろに立って笑っているようだったので振り返ってみるが、彼はまったく微動だにしていない。そういえば、彼はあまり笑わない人間だった気がする。
 代わり、進み出て来たのは神楽木一色。彼は思った通り、性格の悪そうな、事実悪い笑みを浮かべて眼下を見ていた。

「人がわらわらと気味が悪いですな。ですが、貴方がこれを討伐し終えた時こそが、この国の誕生なのですよ」
「降伏の願い入れぐらいならば聞いてやれ。余は恐怖政治がしたいワケではないわ」
「でしょうな。甘い事で」

 これは最終戦。分裂していた東国をまとめる為の。すでに半分が石動の配下に。あとの半分が反抗勢力の配下に。まさに、国を二分した戦なのである。

「あぁ・・・石動殿、ご報告が・・・」
「うむ。お前の様子を見る限り・・・成功した、のだろうな?」
「えぇ、もちろん・・・この土御門悟目、無事、奇襲を成功させましたよ・・・」

 ご覧下さい、と広がる布陣の一角を指さす。石動軍の誇る軍師たる彼は、指示通り、まだ年若い彼を出陣させたらしい。
 ともすれば自分よりも体格の良い若人、阿世知六角を見やる。これだけの距離がありながら、一目で見つけられる程の覇気。今日も調子は良いらしい。僥倖である。
 あまり無い緊張感でその様を眺めていれば、背後で部下達が言葉を交わしているのが自然と耳に入ってきた。

「戦況はどうだ、悟目。まさか貴様、それすらも分からぬわけではあるまい。何を出陣報告だけさらっと済まそうとしているのだ」
「おやおや・・・今日も健やかですね、一色殿・・・言うまでも無く、十全ですよ・・・」

 むしろ、と無表情のままで口を挟む志摩。彼は本当の事をありのままに言う、ある意味愚直な人間なのでこういった場合では重宝するのだ。

「――負ける要素が見つからないな。おかげで緊張感も無いが・・・まだ、兵がおらず、我々だけで名家のうすのろ共に挑んでいた時の方が、厳しかった」
「石動殿を見る限り・・・ちょっと、この戦に・・・飽きてきてますよね・・・」
「最早ただの作業になっているからじゃないのか。正直、貴方もそうだろう、悟目さん」

 そうですね、と相槌を打った悟目が薄く笑う。何だかちょっと無邪気な笑みである。

「当然だな。高名な武将も、今や全て石動殿の配下。これ程つまらない戦もあるまい」
「言って良い事と悪い事があるぞ、一色さん」
「敗北などあり得ぬ。故に、私としては置いて来た子と妻の方が気になる」
「そういえば・・・一色殿は・・・意外にも愛妻家でしたねぇ・・・」
「意外にもとは何だ意外にもとは。前々から言おうと思っていたが貴様、会ったばかりの頃より随分と図々しくなってきているではないか。そして私は愛妻家などではない!」
「あの・・・軍へ加わったのは、わたしの方が先なのですがね・・・」

 好き勝手言いまくる仲間を黙らせるべく、石動は振り返った。途端、終わる会話。緊張感が無い無い、と言うが彼等にもそれは十二分に当て嵌まる。
 だが、確かに――

「お前達を見ていると、負ける気などせんな。むしろ、勝つのが当然のようだ」

 ぼそっ、と呟くと志摩が顔を真っ青にした。

「何をいきなり突拍子の無い事を・・・!?あんた、阿呆な事言ってると死にますよ。というか、死ぬ直前に吐くような言葉を我々に吐きかけないで頂きたい」

 そうか、と呟き一同の顔を見る。
 軍師は最初から。石動の意見に賛同して一番に着いて来てくれた。
 武将の彼は二番目に。叩きのめしたら強い人間に着いていきたい、という実力社会の末子みたいな意見で賛同した。
 武将であり策士である彼は最後に。何故か邸宅で身体を休めていた所に奇襲を掛けたらあっさり寝返った。ぶっちゃけ一番信用出来ない。

「・・・うん」
「どうされた、石動殿」
「いや、余はよく今まで闇討ちされずにいたなと思っただけだ」

 この先を言うのは最期にしよう、と無理矢理口を引き結び、控える3名へ視線を移す。彼等は将棋盤に乗る大駒だ。こんな所でいつまでも遊ばせているわけにはいかない。

「――先見の目など持たずとも分かる。さぁ、進め!勝つぞ!」

 御意、という言葉と同時、それぞれが持ち場へ戻るべく去る。程なくして本陣を出て、敵陣へ。
 不思議と、まったく心配は無かった。


 ***


 今から10年前。
 こうして、東国は統一された。同時期、他に3つの国が誕生していたが、それは10年経つ今でも均衡を保っている。